こつこつと工事を進めておりました高島町駅の復元工事がようやく終了し、開業式を済ませました。皆様からいろいろな情報を頂き、なんとか晩年の姿を再現できました。拙作ながら ご紹介致します。このレイアウトセクションは 自宅内の固定レイアウトではなく 広い会場での運転会をイメージした組立式レイアウトとして基本設計しました。主なブロック3ブロックと 上り、下り両方向に引き上げ用の単線部分(本線)2ブロックから構成されています。全長4.78mあり 息子たちが使っていた空き部屋をフルに使っています。ポイントはシノハラの#6番としました(実物は#8番らしい)。かつてDRFCのレイアウトをみんなでワイワイ作ったときのことを思い出しながら、木工の日々が続きました。この時点からポイントマシンをどうしようかと考えつつも、結論が出ないままフレキレールをスパイクする段階に入ったのですが、ポイントマシンの設計で工事が中断しました。広島県の片田舎では材料調達が思うに任せず、通販のお世話になりながらポイントマシン自製の目処がつき、テストを経て9つのポイントマシンを作りました。タカハ機工という会社が作っている直流電源で作動する自己保持型ソレノイドを採用しました。このソレノイドは自販機やOA機器などの中で小さな動きを作るのに使われているようで、一方向はバネ力で反発力を作り、反対方向は電磁石と永久磁石の力で直動するものです。今回は5Vで駆動させています。ここでバネ力をどうするかという問題で悩んだあげく、どこにでもある3色ボールペンに組み込まれているコイルバネが丁度良い大きさとバネ力があり、品質も揃っていて 何より使い古したボールペンを分解すればタダ同然ですぐに手に入ることに気づき、一気に工事が進みました。バラストや土の地面を作る材料は東京のモーリン製のものを通販で購入して これまた気長にバラストをレール内にまいて、木工用ボンドの水溶液をスポイトで垂らして固めるという方法でかなり実感的に仕上げることができました。駅舎やその他の建物はペーパー車体を作る要領で作りましたが、写真からの寸法割り出しのためあとになっておかしな部分がでてきました。駅本屋とホームの待合室、貨物上屋だけでは殺風景なため、ヒルマモデルクラフト製の便所、保線小屋、倉庫、タクシー営業所、日通事務所を適当に配置しました。従ってこれらは実物どおりではありません。ベンチや駅名票などの小物はエコーモデル製を多用。今津側にはこれも実物にはなかった踏切を作りました。警報機を点滅させようと、レイジージャック製の警報機キットと腕木信号機キットを買ったものの、実物に忠実すぎて還暦を迎える身には細かすぎてハンダ付けもままならずついに放棄(1万円のムダな出費となった)。結局津川洋行のプラ製の安い警報機、腕木信号機を使いました。腕木信号機は固定式ですが、改造し腕が上下するようにはしましたが、これも電動させてやろうと思いながら 上記のソレノイドを使った動力化だけが残工事となっています。あとは制御盤ですが、これも日曜大工の延長線上で一気に作りました。走行電源は12V、ポイントマシンは5Vと2電源方式ですが 両方の電圧、電流をそれぞれ1つの電圧計、電流計で表示させるために切り替えスイッチを設けています。ボックスの中にはちょっとした道工具やリレーラーなどを収納できる収納スペースと現場でもハンダ付けできるよう100Vのサービス電源を装備しています。運転会を想定してと書きましたが、本線部分を延長しないと単なる駅のレイアウトセクションなので ループ線などにするためにカトーのユニトラックとの接続部分を増設しました。この部分は33パーミルの勾配になりました。これで広い会場でユニトラックとつないで運転会ができます。建屋などの実物の色がわからず、適当に彩色しました。当時はモノクロが普通の時代だったのでこれもやむをえません。実物しゃしんとの対比で写真を添付しますのでご笑覧ください。次は白鬚駅の再現に取り組もうと情報収集と基本設計にかかっています。いずれの日にか 関西方面、できれば高島市で運転会を開きたいと思っています(マイカーに積み込める大きさに設計してありますので)。一方で車両の製作がSTOPしていますのでこちらも進めなくては・・・・。今後ともよろしくお願いします。
高島町駅の竣工おめでとうございます。ひとつのテーマにこつこつと取り組まれる情熱に脱帽です。私など車両ひとつ満足に完成出来ないのに駅舎やバス、看板に至るまで丁寧に再現され、その上実物になかったストラクチャーも追加されて楽しさ倍増と言った所でしょう。模型の世界はこういったいたずら心が大切であると常々思っていましたので、「やったね!」と一人で拍手しました。また実物写真との比較はどれもすばらしい表現力ですね。上り列車到着のシーンなど、ホームにおばあちゃんが立っていたら、なんて一人で楽しんでいます。
当方、一時休業していましたが、ようやく工房が作業再開しました。工作途中の写真も貯まってきましたので近々ご紹介出来ると思います。
「素晴らしい」の一言に尽きます。
駅全体のイメージをよく掴んでおられます。
日通の事務所、オート三輪も風景によく溶け込み違和感が全くありません。ホーム側から見た「武奈ヶ岳登山下車駅」と「近江白浜荘」の看板もしっかり再現されておられます。ちなみに「八淵の滝」は「やちのたき」、「鹿ケ瀬」は「ししがせ」と読み、江若バス畑行に乗車し、「鹿ケ瀬道」か「ガリバー旅行村」で下車します。
バスも雰囲気が良く出ており、形式の違いは全く気になりません。これだけの作品を多忙な仕事の合間を利用してよく作られたものと感心しています。白髭駅と車両を含めた全体の完成を楽しみにしています。完成の暁には是非高島市と大津の県立博物館で公開していただきたいと思います。
高島町駅竣工おめでとうございます。
お披露目はぜひ高島町でお願いします。老人の高校同級生が高島町で”鮒ずし”を漬けております。きたしな老舗と言う屋号です。17代目とかで創業300年近い歴史を有しております。10年ばかり前まで観光協会会長をしておりました。相談してみます。泊り込みでHO運転会できないか、接続できるHOをやっている人が近隣にいないか、町おこしの行事にできないか、開通式には”白髭神社からボランティアで祝詞奏上”に来てもらえないか、いろいろです。京阪電車100年でちょっと忙しいのですぐには動けませんが、忘れないようにします。忘れているようなら隣町の副会長さんに「おきろ!」と声かけするように言って下さい。
ぷるぷる様、藤本哲男様、乙訓のご老人様
諸先輩から身に余るお褒めの言葉や励ましを頂き パソコンの前で感涙にむせんでおります。私は 江若鉄道や高島町には本当に最後に数度訪れただけなのに なぜこれほどのめりこめるのか 不思議な気がします。車両のバラエティ、湖西の風景、北小松での合宿、最終列車の見送りなど 短期間に多くの思い出が凝縮されているのかもしれません。
三原の駅前に小さなラーメン屋があり 飲んだ帰りに立ち寄るのですが、そこの老夫婦が
高島町出身とわかり 高島町が身近になったこともあります。いずれにせよ ここまで来れば 白鬚に挑戦せざるを得なくなってきました。湖水面をどのように作ろうか、水中鳥居の大きさは、松林を作らないとムードがでない・・・・などなど楽しい悩みが次々出てきます。
いつ運転会が実現するかわかりませんが、引き続き よろしくお願い致します。ありがとうございました。
遅ればせながら、竣工をお祝いします。
写真で見るだけでも素晴しいのに模型の車両が動いているのを見たら、きっと中へ飛び込んで行きたくなるのではとキケンを感じました。 (笑)
かれこれ40年も昔の光景が思い出されます。
単なるシーナリィの再現だけに留まらず外部での運転会を想定された付帯設備(AC100V、DC12V可変出力、車両点検台など)の設置は、流石ですね!
ロギング太郎様へ
高島町が一応完成し、気が抜けた感があるのですが、皆様からの励ましの言葉もあり さっそく白鬚駅の工事に着手しました。高島町の時には 先に駅舎などを作り始めたのですが、今回は3分割のベース基板から作り始めています。というのも 湖水面や護岸という未経験の部分がうまく作れるか自信がなく、建物を後回しにしました。水中鳥居も大きさが判らず これも難題です。湖水面には和船やヨットも配したいのですが、これらの1/80
設計図も必要で、悩みは増えるばかりです。マアこういう段階が楽しいのかもしれません。完成時期は判りませんが、このHPでご紹介できる日を目指して ボチボチやってゆきます。