玉野のモハ103に会いに行く

思いがけず多くの保存車両を見ることができた下津井から 海を眺めながら約20Km走って玉野市に入りました。前回玉野を訪れたのは平成21年の年末で 廃線跡を少し辿って満足したのですが、そのときすでに琴電からモハ103が里帰りしていたことを全く知らず、すぐ近くまで行きながら見ずに帰りました。それから7年も経ってようやく、保存場所を訪れました。

平成28年12月5日 玉野総合保険福祉センター

平成28年12月5日 玉野総合保険福祉センター

私が知っている玉野市営鉄道は電車から気動車に変更されたあとの時代で、琴電に移ってモハ760号となったモハ103とは初対面です。福祉センター(通称すこやかセンター)は鉄道の終点だった「玉遊園地前」から歩いて数分の場所にあって、整備された敷地の一角に立派な保存用建屋が設けられていました。

保存会による

保存会による代弁の辞

非常にきれいな姿で保存されている

非常にきれいな姿で保存されている

車内公開は月に1度だけのようですが、車内や窓ももきれいに清掃されていて 玉野市電保存会の皆さんの思いが伝わってきました。

琴電の銘板

琴電の銘板

2006年

里帰りしたのが平成18年9月。 平成17年12月で検査切れだったようだ

保存会が製作された解説パンフレットが置かれていたので1部頂いて帰りました。

玉野市電保存会のパンフレット

玉野市電保存会のパンフレット

これも三蟠鉄道と同様、全ページをご紹介しにくいのでご希望者があればお送りします。

かつて終端駅のあった玉遊園地前の景色は7年前と殆ど変わっていませんでした。川の上に敷かれた線路跡も駐車場になったりして よく残っていました。このあと児島湾大橋を渡って三蟠鉄道資料館に向かったのですが、図らずも下津井も玉野も三蟠もそれぞれに地元に保存会が組織されていて 車両や鉄道の痕跡をまちの宝として大切に保存されていることに感銘を受けました。かつてそれぞれの鉄道にお世話になり 愛着を感じる方々が中心になって活動されているのでしょうが、現役時代を知らない若い人たちにも受け継がれてゆくことを望まずにはおられません。

3 thoughts on “玉野のモハ103に会いに行く

  1. 西村雅幸様
    こんな所と言っては失礼ですが、故郷に帰っていたのですね。蒸機の保存はこんな所が結構多いですが、この電車は里帰りしてよかったですね。琴電は当時の国鉄飯田線と同じように各地の電車を集めた動態保存路線のような存在でしたが、この電車は張り上げ屋根の一際目立つ存在でした。保存された姿も琴電時代の姿そのものですね。有難うございました。

    • 準特急様
      生まれ故郷に里帰りできる子もあれば、何の縁もゆかりもない地に連れてこられて 最初だけチヤホヤされたあと放ったらかしにされて不遇な末路を迎える子もいる保存車両の渡世ですね。この103号は幸せな子だと思います。私はお初にお目にかかりましたが、もしかつて一期のご縁がおありなら、逢いに行ってやってください。喜んでくれると思います。

  2. 突然のコメント申し訳ありません。
    玉野市電保存会のパンフレットを制作しております藤田と申します。
    この度はご覧頂きありがとうございました。
    私達は、玉野市電の歴史を後世に残していくべく、活動しております。
    公開日が月一度のみのことに関しては、会員ほとんどが職業、学校があるため、このようなペースになっております。今後は、公開日を増やし、皆様に見たいただきやすい環境を目指してまいります。
    パンフレットに関しましては、転載の旨を相談していただければ、原則的に転載しても構いません。
    また、今年のゴールデンウィーク企画として、ラマルドボア瀬戸内の使用を検討中です。どうぞご参加していただければ幸いです。
    長文失礼いたしました。

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