湯口先輩の瀬野八に便乗する

湯口先輩に遅れること5年でこれほど変わってしまったのです。

昭和39年2月と4月の撮影です。電化されて変わったことは、美観が天と地ほど悪くなったことは当然ですが、旅客列車が電化されて列車長の長い貨物列車だけが蒸機で残ったため大カーブで補機まで入れることが難しくなったことでした。2月は大雪に見舞われ、4月は架線工事にジャマされました。

定番の位置から。今回はギリギリ補機が入った。

すでに補機はEF59に・・

なつかしい80系準急「とも」

最後部補機のランボードに機関助手がしがみついて砂を投下しているらしい

“大機関区”の賑わいを見せる瀬野機関区と瀬野駅

5 thoughts on “湯口先輩の瀬野八に便乗する

  1. 米手作市さま
    凄いお宝写真ですね。さてはほかにも出し惜しみされている写真がきっとまだ山ほどあるでしょう。ぜひ拝見したいので機会をみてご紹介下さい。
    昭和39年に2月・4月と続けて瀬野~八へ出掛けられたとは、相当の情熱をお持ちだったのですね。電化による架線柱は仕方ないにしても、それ以外の風景はまだYuguchi先輩の時とそう変わってはいないように見受けます。現在は大カーブの左手、国道との間の低地にもゴチャゴチャと建物が建って景観が損なわれています。以前EF65を撮りに行った際には正直ここがかの有名な撮影場所か?という感じですが、両先輩ご投稿写真を拝見するとなるほどと頷けます。
    砂撒きの写真はビックリです。初めて見ました。専門の係員が乗務していたのでしょうか?機関助手は釜焚きで必死だったでしょうから、こんなことはできなかったのではと思います。誰だったにしてもおそらく当時はこれが当たり前だったのでしょうが、現在なら労働環境や労働安全の観点から絶対に許されないことでしょうね。SLがもう少し長く残っておれば、前面にEF10台ELのような手すりや囲いが設置されて、SLの顔が台無しになっていたかもしれませんね。
    ところで以前ある人から80系湘南電車は0番台車では瀬野~八が登れず、全金製300番台になって初めて登れた、というような話を聞いたことがありますが、そんなことってアリでしょうか?特にパワーがupされた訳でもないので、小生には半信半疑に思えます。この「とも」は300番台のように見えてしかも2M2Tですね。最低でも3M2Tくらいかと思っていましたのですが。ご存知の方がおられましたらお教え願います。

  2. 1900生様、
    湯口先輩もおっしゃるように、先年の広島訪問時に目を凝らしていましたが、すでに都市化に飲み込まれていて昔日の山間の峠道という風情は皆無でした。特に瀬野駅裏には団地ができて、エスカレーターのようなモノが山頂の住宅街へ上っているのには驚きました。
    ところで80系300番台ですが、電化時期はすでに300番台が全盛期で、言われるように0番台が登れなかった時期はないように思いますが・・
    それと「とも」は5連ですから3M2Tなのかもしれません。電車はわかりませんので河さんにでもご判断いただけるとありがたいのですが。
    もう一つ、「砂撒き助手」は、機関助手ではないかもしれません。しかし八本松出発時に突発的な故障(砂撒き管のの異常など)でそこにいた誰かが飛び乗ったのではないか?と推察しますが、保線区員や駅員にはできないので機関助手か機関士を緊急乗車させたのではないかと思った次第です。なぜならナッパ服だったからです。なんにしても今ならSNSで大炎上!JR社長が土下座会見!になっていたかも

  3. 米手作市様
    私がまだ一回生の頃の水曜日チャペルアワーの例会で時々スライド映写会がありました。すすきの間に電車を入れたり、彼岸花を線路際に持って来たりいろいろ工夫された背の高い先輩がいました。その先輩からは架線の下で撮影する蒸機や気動車は邪道であるかのように言われたことがあります。まだまだ各地の電化が進んでいない頃でそのこと自体はよく理解できましたが山陽、東北等の本線筋の走行写真は電化直前の架線の下ばかりでした。大変失礼ながら湯口先輩と米手作市さんのセノハチでの撮影はそれを感じます。しかし、ランボードの決死の砂撒き姿は驚きですし、瀬野機関区の表情、準急「とも」の颯爽たる姿、それに架線の下ですが、雪の中の後補機を入れた姿などどれもこれもお宝です。出し惜しみと失礼を申し上げたことがありますが、次から次へと出てくることがよくわかりました。期待しております。

    • いつもながら準特急氏の乗せ上手には参ってしまいます。
      お世辞とわかりながらもウヒウヒ言ってる我が身を恥じるばかりであります。最近は特派員氏も復帰されて紙面が賑わってきましたのですこし投稿を控えておりました。ところが先輩たちがお宝写真を公開しだしたのでうれしさ余っていちびり投稿をしてしまったのが真相です。
      密かに準備をしていますのでそのうちお目を汚すことがありますが、よろしくお願い致します。

  4. 人手によるスリップ防止砂撒きはインドのダージリンが有名ですが、日本では聞いたことがなく、やはり突発的な応急対応でしょうな。かつてC53の中央クランクの調子が悪く、台枠中に1人決死的に入り込み、手で注油しながら走行を続けたという話はあります。今なら組合が当然に猛烈反発し、そんな対応は考えられもせず、またやるべきでもないでしょうが。

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