北陸本線419系を送る

3月12日のJRダイヤ改正では、車両面の変動もありましたが、中でも印象的なのは、北陸本線で働いてきた419系電車の撤退です。
419系電車は、余剰となった交直両用の寝台・座席特急車両581・583系を、近郊化改造して登場したものです。改造コストを抑えるために、最小限の改造に留められ、寝台設備がそのまま残った室内や、特異な前面スタイルなど、国鉄末期の窮乏時代を象徴するような車両でした。画一化の進むJRにあって、唯一”ゲテモノ”と呼ぶにふさわしいスタイルです。ただ、乗ってみると、ゆったりした乗り心地や広々した座席に、特急時代の面影を十分に感じたもので、北陸へ行くと、好んで乗車したものでした。
419系は、金沢総合車両所に3両編成13本があり、敦賀以東の北陸本線で運用されていましたが、老朽化は否めず、2扉、狭い扉幅、定員の少なさも災いして、521系の増備によって、ダイヤ改正を機に定期運用からは撤退することになりました。

かつては、9連編成の運用も存在した419系だが、改正前は2編成の6連が最高だった。しかも、平日朝の金沢~富山間の423M、422Mしかない。先日、最後のキハ28・58撮影で富山を訪れた際、6連をようやくとらえることができた。さすがに迫力はある。切妻のクモハ419とクハ418が顔を合わす併結部もなかなかの味わいであった。

3両という短編成化のため先頭車が不足、中間車のモハネ581、サハネ581を先頭車化改造した”食パン”と呼ばれる切妻顔のクモハ419、クハ418が生まれている。同様の改造は、東北、九州でも行われ、交流専用715系として使われていたが、以前に廃車となっており、419系のみが、581・583系として製造され40年以上経った今まで使用され続け、寝台・座席特急の時代より、はるかに長い間、北陸本線で使われた。

419系の前部には以前「タウントレイン」という愛称板が取り付けられていたが、2001年ごろに取り外された。短編成化した419系は、愛称どおり北陸本線のフリークェンシー化に大きな貢献をした。写真は田村付近の419系で、当時は米原までの運用もあり、京阪神からの新快速などとも顔を合わせていた。

少し前まで、北陸本線の419系が湖西線近江今津まで乗り入れていた。クハネ581改造のクハ419は、ほとんどが貫通扉も埋められたが、右のクハ419-13には貫通扉が残り、愛称表示器もそのまま残っていた。このD13編成は、一足先に2006年10月の敦賀直流化時に廃車されている。左の117系の福知山線色と呼ばれる、グリーン帯の117系もいつの間にか姿を消してしまった。