2014年 遥かなる東欧の旅 Part8  Sargan8 ナロー山岳鉄道( シャルガンスカ・オスミツァ)その1

第5日目 2月19日 その1

5:30 標高約590m、山の夜が明け始めました。同室のHGさんは既に朝撮を終えて部屋に戻ってこられました。私も今日の支度をしてから三脚を持って外に出ました。昨夜は真っ暗で見えませんでしたが向こうに白い煙が上がっています。

11ループ地図03【 Sarganska Osmica ( シャルガンスカ・オスミツァ)】
この鉄道は、第一次世界大戦の終わった後の1921年にベオグラードサラエボ間の444キロを結ぶために、ボスニアンゲージと呼ばれている760㎜のナローゲージで建設が始まりました。
険しいSargan山を越える山岳鉄道とあって建設は難航しましたが、4年の歳月をかけて1925年2月2日に山岳区間を開業(全線開業は、1928年10月30日)しましたが、道路アクセスが進んだ1974年に廃止されました。
しかし、観光開発に熱心なボスニア政府の意向で、風光明媚なモクラ・ゴラ(Mokura gora)~シャルガン・ビタシ(Sargan-Vitasi)の15.4キロが、1999年に保存鉄道として復活しました。2010年8月にはモクラ・ゴラヴッシェグラード(Visegrad)も復活して、総延長は26.7Mile(約43キロ)となりました。復活にあたって、トンネル・橋梁は整備されて軌道は新たに敷設されています。運営はセルビア国鉄と本格的なものです。

「シャルガンスカ・オスミツア」は、セルビア語で「シャルガン山の8」という意味だそうで、山岳区間の路線は、8の字にループする雄大な絶景を見る事ができます。運行は定期的に行われ、土日には動態復元された2両の蒸気機関車のいずれかが牽引しているようです。今日と明日は、我々が特別に蒸気機関車をチャーターしてフォトランを行います。

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