2012年 春の中国鉄路の旅 Part10 興阜炭鉱のナローゲージと、阜新煤礦鉄路その3

第13日目 5月1日 興阜炭鉱のナローゲーと阜新煤礦鉄路 その3

今日は、阜新炭鉱撮影の3日目で最終日ですが、2人とも満足いく収穫がなく、ちょっと焦り気味です。天候は、昨日とは違っての快晴です。気合十分なO氏は、今日も朝5:30にはホテルを出て行かれました。一方の私は、まだ長い旅の中盤にも差し掛かっていません。ここで、エネルギー爆発では、身体が持ちませんので、ゆっくりとホテルで朝食を取ってから、谷さんを待ちました。

以前に訪問された中国鉄路に残る蒸気機関車探索にかけては達人の倉重さんは、阜新訪問時に興阜炭鉱のナローゲージにも、お立ち寄りでした。その訪問記によると、高徳駅の裏山奥に興阜炭鉱があるようです。
▲ 8時過ぎに、谷さんの愛車に乗って、ホテルを出発しました。五龙炭鉱のような大きな炭鉱とは違って、個人経営の小さな炭鉱が点在する中の山道を走りながら探します。迷走もありましたが、途中で谷さんが、ズリ捨て山に上がる1本の長いインクラインを見つけました。


▲ ご覧のように、数100m以上もあり、先が見えません。止まって
、反対方向のインクラインの起点を塀越しに見ますと、五龙炭鉱で見たと 同じ凸型の小型電気機関車が走っているのが見えました。ここです。間違いありませんが、炭鉱内にどうやって入れるかが問題です。

炭鉱には正門と裏門があるはずです。正規の入場許可は、直ぐには取れないと分っています。そして、良くないのはこれも分ってはいますが、倉重さん流に、こっそり裏門から入らせてもらって、撮影することにしました。
塀の周囲を走ると、直ぐに裏門は見つかりました。ただ、ここにも門衛がいます。警備は厳重なようですので、まず私が行って、にっこり笑顔で門衛に頼み込むことにしました。
いつもの調子で、自己紹介をして門衛を口説きにかかりましたが、融通が利かない頑固な爺さんです。タバコを出そうかとしましたが、ダメの一言です。追っ払われました。後からサポートに谷さんが行く予定にしていましたが、これでは取りつくスキがありません。作戦変更です。ダメもとで正門からの入場を目指しました。

五龙炭鉱同様の立派な門構えと綺麗な炭鉱内が見えました。正門事務所では、立派な制服を着た警備員が目を光らしています。
谷さん、コネはありませんが、地元の強みで、遠く日本から見学に来ているので、少しの時間で良いから見せてやって欲しいと嘆願します。私も横に付いて手を合わせますと、管理セクションに電話をしてくれましたが、許可は出ません。
▲ 谷さんにも意地があります。車に戻ってカバンの中から1冊の本を持ってきて、開けて説明をやりだしました。本は、ご覧のように「レイル」です。これには、倉重さんの訪問記と谷さんが撮られた写真も掲載されています。警備員3人が集まって来て、食い入るように見て、説明を聞きだしました。

谷さんの作戦、大成功です。私達が、スパイ等の怪しげな者ではなく、純粋に炭鉱内を走る機関車を撮りたい事が理解されました。警備員は、黙って私に付いて来てくださいと言ってくれました。
勿論、撮影は厳禁ですので、大きな一眼レフは車に置いて、コンデジ2台をポケットに忍ばせて、撮影をしました。多分、この中に入っての撮影は誰もできていないと思いますので、ご覧ください。



▲ かなり広いいヤードには、可愛い小型ELが、走り回っていました。ほんの数10分の間でしたが、楽しめました。ナローゲージファンには、こたえきれないでしょうね。

倉重さんの訪問記によると、このバローゲージは、この辺りを縦横に路線があったそうです。付近を見て見ることにしました。

▲ 裏門と反対方向に出ますと、塀の外を走る線路が見えました。レールは錆びてはいましたが、所々の轍には、車輪が残した痕跡がはっきりと、あります。毎日でないにしろ、走ってはいるんだと、線路を辿りますと、修理工場まで伸びていました。施錠された門から中を見ましたが、何もいないようです。他の路線の痕跡は、辺りが開発により掘り起こされていますので、当時の姿を見ることはできません。ここで探索は終わりです。

▲ 路線跡は、海州露天鉱の山側にありました。煙が上がっているので見ますと、大型ダンプで運んできたFAを投棄した爆煙です。上に発電所が見えます。ここでもやっているのですね。この爆煙は、ズリ捨て山からも見えました。


▲ 11時過ぎに、O氏が待たれる外側線にビールと食い物を持って合流しました。O氏から、「朝6時半過ぎにフライアッシュ1号が上がってきたが、またドスンで終わった。」 と、残念そうに言われます。露天鉱のFA投棄を申し上げますと、投棄場所が変わったのかなと、また残念そうなお顔でした。
11:40、抜けるような青空の下、ズリ捨て列車が上がってきました。


▲ 12:01、フライアッシュ2号が上がって来ましたが、またこんもり山です。

▲ 予測通り、粉塵は上がらず、5本の跡を残すだけでした。今日のフライアッシュ号を撮れるのはは、これで終わりでしょう。

▲ 14:14、次のズリ捨て列車は、同じ内側線に入ってきました。そして、FAの痕跡を消してくれました。 次のズリ捨て列車は、 14:40に外側線に入りました。谷さんは、これを撮ってから、朋友が来たので一緒に宴会だと言って引き揚げられました。私たちは、次は順番からいって、内側線です。その頃には、陽も傾いてくるだろうと推測して、内側線へと移動しました。

▲ 17:21、推測どおりにズリ捨て列車がやってきました。ただ、抜けるところを探したのですが、夕陽とカメラ目線が合う直角位置に蒸気機関車が来る場所で、正面バックとも障害物がない所を探すのに苦労しました。あるにはあったのですが、線路に近すぎました。もう少し、夕日が落ちてくれたら良かったのですが・・・。狙っても中々撮れないのが、夕日をバックにしたカットです。これから後では、陽が暮れて、歩行が困難になります。17:40の折り返しを撮った後、線路沿いを歩き、引き上げることにしました。


▲ 18:43、信号所を過ぎた辺りで、次の列車が上がって来ました。夕日は沈んで、空が染まってきましたので、何とか撮りましたが、今一の感です。

阜新に来て3日間もあれば、フライアッシュの爆煙を何回かは見られるだろう。その中で1枚ぐらいは、望んだカットをものにできるだろうと思っていましたが、1本も爆煙は見られませんでした。残念ながら、全敗です。
小竹さんから、阿里河森林鉄道の撮影が困難になってきているとの連絡がすでに入っていました。もしもの場合は、阜新か樺南になるかもとの事でしたので、ここの状況をお知らせしました。O氏は、阜新になるのなら、来ないと固くおっしゃられます。朝の蒸気機関車牽引の通勤列車、そしてフライアッシュの爆煙もないとあれば、私も同感です。
樺南林業鉄道であれば、以前に計画をしていましたが、ウヤが1ケ月以上も続いて、断念せざるを得ませんでした。昨年も新緑の頃に行く予定でしたが、ウヤが続き、そのまま廃線となってしましました。今回は、線路撤去のための作業列車が走り始めたそうです。できれば、こちらの方が良いのに決まっています。

夜はまた私達お気に入りのスッポン鍋を食した後、小竹さんに電話をしますと、 阿里河森林鉄道訪問は、向こうの都合で完全にダメになった。詳しくはお会いした時にお話ししますが、代替案として 樺南林業鉄道に行く事にしましたとの返事です。O氏は何と、9回目の訪問になるそうです。とても気に入られていた中国蒸気機関車の撮影地で、最後を見届けるのも良いかなと、半分は納得されました。    Part11  へ続く

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