天然色写真で語り継ぐ あの日あの時 【13】

東北のDL

昭和の時代、カラーフィルム、とくにポジは貴重品で、“ここぞ!”という時しか撮りませんでした。非電化区間で撮る場合、勢い、黒い蒸機ではなく、合い間に来る、DL、DCをカラーで多く撮りました。今回は、そんな思いで撮った東北地方のDLの例を挙げてみました。
ディーゼル機関車の揺籃期、車両メーカーでは、技術の習得、海外輸出への布石もあって、試作の機関車を製造していた。国鉄が借り入れて、実際に列車を牽き、使用実績を積み上げていった。形式も、最初は40番台、のちに90番台の形式が与えられた。これらは1形式1両、塗装もいろいろで、全部で10両あった。写真のDF901も、その1両で、電気式C-C配置で、昭和32年、水戸区に配属されて、常磐線で急行を牽いたあと、昭和36年に秋田区へ移った。昭和45年度には廃車されたものの、しばらくの間、東能代機関区のラウンドハウスの横に放置されていた。秋田区では実際に列車を牽いたことは少なかったようで、記録は見たことがなく,逆に廃車後は撮りやすい位置にあり、記録が多く残っている(以下昭和46年8月)。

秋田区にはDD51の初期車が集中的に配置されていた。DF901があまり使われなかったのも、理由のひとつだったのかも知れない。栄えあるDD51の1号機も同区に配置されていた。このカラーは、以前にも載せたが、649両もあったDD51のトップ機なのだから、それなりの価値はあると思っている。そのDD51が牽くのは、やはり客車急行を牽くのが、いちばん似合っていた。写真は、羽越本線小砂川~上浜でDD5137が牽く「きたぐに」、ハ、ロ、シ、ネと全部載せの編成だ。先ごろの模型運転会で、NゲージのDD51を持参し、急行編成を牽かせて、その思いを模型で叶えることができた。その羽越本線、府屋~勝木で重連で貨物を牽く東新潟区のDD13だ。DD13は、もっぱら入換用で、短区間の小貨物を牽くこともあったが、このように本線で長編成の定期貨物を牽くのは珍しいことだった。これは同区に冬期除雪用のDD14、DD53があり、手の空いている夏季には、DD13も含めて、蒸機運用の貨物を置き換えていたようだ。

 

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