天然色写真で語り継ぐ あの日あの時 【6】

山崎付近で東海道本線を撮る

東海道本線の長岡京~山崎~高槻は、昔から知られた撮影地で、たまたま近くに居住することになった私は、昭和・平成時代を通じて、よく撮影に行ったものです。“来た列車は全部撮る”が身上のため、コスパ面でもモノクロ撮影ばかりでしたが、今回、あらためてカラーを探してみると、僅かですが、カラーで写していたことが分かりました。約20年前のことで、当時としては、ごく当たり前の列車の風景ですが、20年経ってみると、その時代でしか見られなかった塗装もあって、カラーで写していたことの価値を改めて感じたのでした。今回は季節を少し先取りして、夏の臨時列車の運転時のものです。(以下すべて1997(平成9)年7月)。
当時のアーバンネットワークの代表シーン、「新快速」の221系と「普通」の201系がサントリー前のカーブを併走する。本日のニュースで、大阪環状線201系が最終営業を迎えたと伝えたが、それから20年近く、201系もよくぞ環状線で生き延びたものだ。


もうひとつ「快速」は113系の独占だった。クハ111-5480先頭で、デカ目のヘッドライトが、この時代をよく表わしている。九州からのブルトレは、最盛期から比べると、ささやかなものだった。最盛期5往復が走っていた「彗星」も、たった1往復になったうえ、編成もずいぶん短くなっていた。まだヘッドマークが掲げられているのが救いだった(写真は回送)。
夏季のため臨時のブルトレも走っていたが、こちらはヘッドマークなし、「なは82号」回送。EF65 1133
「雷鳥」は一時間1~2本の運転で、エル特急の代表格だった。当時でもボンネット型特急は貴重だったが、京都総合運転所の485系は、スカートの切欠きがあって、著しく美観を損ねていた。「雷鳥14号」クハ481-121先頭。
サントリーカーブ前で「スーパー雷鳥(サンダーバード)12号」と「雷鳥11号」がすれ違う。当時、「雷鳥」には3種類あって、485系の「雷鳥」、485系グレードアップ車の「スーパー雷鳥」、そして後継の681系の「スーパー雷鳥(サンダーバード)」があったが、さすがに愛称名が長く、この翌年には「サンダーバード」に改められた。
車高が異様に低い381系「しなの」は、1往復が大阪~長野に設定されており、京都総転から回送で大阪へ向かうシーンも見られた。
こちらの381系は、臨時「マリンくろしお1号」クハ381-116先頭。定期の「くろしお」にも3種類あって、381系の「くろしお」、381系グレードアップ車の「スーパーくろしお」、283系「スーパーくろしおオーシャンアロー」があった。
いっぽうディーゼル特急では、181系「はくと」が健在、HOT7000系の「スーパーはくと」が勢力を伸ばしており、この年の11月に181系は撤退し、「はくと」は智頭急行の特急車に統一される。
181系の「マリンはまかぜ」、海水浴の臨時特急など、とうの昔に消えていたと思うのだが、20年前には、先述の「くろしお」などとともに、まだ走っていたことが驚きだった。急行も健在だった。「たかやま」が独自のカラーを纏って、サントリー前を行く。58系DCにもさまざまな地域色があったが、ピンクの塗装は、これはこれでよく似合っていた。グリーン車も連結した、由緒正しき急行列車だった。
急行と言えば、夏季にこんな列車も走っていた。青森~大阪の583系「あおもり」で、京都総転の583系は延命工事の一環として、写真のような塗装に変更されたが、寒々しい冴えないカラーで、まもなくJR西日本の独自色に変更される。
最後は183系の「ほくせつライナー」(回送)クハ183-702先頭。福知山線のライナーの同列車は「エーデル」キハ65を使用したことで知られていたが、この時代は183系になっていた。列車そのものは2002年に廃止される。

2 thoughts on “ 天然色写真で語り継ぐ あの日あの時 【6】

  1. ちょっと懐かしい写真ありがとうございます。この頃は、私もあまり撮ってなく今にして思えばもったいなかったです。平成の時代にも写真のような海水浴列車が走っていたのですね。最近は、激しい熱射で海水浴自体が衰退しているように感じます。昭和の終わり頃、向日町のアルバイトで、丹後ビーチに掃除に入って、シートに浮く砂がなかなか取れず閉口した記憶があります。今と比べると多様な臨時長距離列車も運転されていて、JRもいろいろ模索し、挑戦していたのが、写真でとてもよく解りました。

  2. ブギウギさま
    ご返信が遅くなりました。いつも、コメントありがとうございます。約20年前、JRに海水浴の臨時列車が多数走っていたのは、書いた私も信じられない思いでした。JR西日本の社史を紐解きますと、海水浴などの行楽用の臨時列車が再編成されたのは、平成2年のことで、ちょうど「花と緑の博覧会」が終わり、新たな旅行需要の深耕のために、季節に応じた行楽用の臨時列車が見直されました。海水浴は、愛称も「ビーチ」から「マリン」に変更されたのもこの時で、ほかに「シュープール」「リゾート」「ホリデー」「味めぐり」がありました。

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