昭和の電車 改訂版(25)ー銚子電鉄デハ101ー

例によってこの車輌も過去(2009年8月11日)に藤本哲男さんが詳細を投稿されています。参照して下さい。(https://drfc-ob.com/wp/archives/4039)
ここには現役時代と最晩年のカラー写真もでています。

6 thoughts on “昭和の電車 改訂版(25)ー銚子電鉄デハ101ー

  1. 銚子電鉄と言えば、初めて買った「鉄道ファン 1964年3月号」に「消えゆく路線を訪ねて 銚子電気鉄道」という記事がありました。あれから半世紀以上たっているのに・・・ いまだに訪れていません。

  2. どですかでんさん! そして米手作市様! マルーンさん思い出の能勢電笹部の元阪急320形の写真有難うございます。この小型車は宝塚線での活躍が長く、私は通学で今津線で利用しました。500+300(310)+500の基本編成が徐々に4連、5連化された時380形と同じように今津方に連結されていました。外観はステップをはずし尾灯を改造した姿ですがほとんど阪急時代そのものです。さて、本題の銚子の101は記憶にありませんが、仲ノ町車庫で撮ったものが1枚ありました。多分これだと思います。この日(1971年1月21日)は元鶴見臨港鉄道(ツルリンとも言われたらしい)301が終日走っていました。知識がいつもいいかげんなので特に説明できません。ポールではありませんが超拙作を披露させていただきます。なお、ぬれ煎の銚子も危ない危ないと言われながらまだ健在で今は元京王帝都電鉄(現京王電鉄)の車両ばかりです。

  3. 昨年初めて銚子電鉄を訪ねましたが、ぬれ煎餅をはじめ 生き残りを賭けた想いが伝わってくる鉄道でした。銚子電鉄がんばれ!

  4. しかし、何でも撮ってるねぇ!
    クローバー会の会員が撮った写真を一堂に会したら、とんでもないお宝が発掘されるのでは?と思う。

    • 米手作市様
      これもデジカメのおかげです。50年前なら絶対撮っていないコマです。

  5. 西村雅幸様
    西村さんの投稿覚えております。銚子は関東各地からでも案外行き難く、まして関西や広島ならわざわざ訪問するのは勇気のいるところです。成田空港を利用するその前後というのが案外効率的かもしれません。

    米手作市様
    関先生の作品には何とか食らいつきたいと思っておりますが、複雑な経歴の車両等調べるのが面倒で、そんな時に米手さんの「なんでもええんや」というあたたかいお言葉や「こんなんありまっせ」などある面で発掘競争、自慢投稿を気楽にできるといいですね。銚子の電車では大した写真ではありませんが同じ番号の車両を京王、伊予鉄、銚子で撮ったのが自慢です。

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