雪景色・花輪線に想う

turukame先輩の投稿「雪景色・花輪線」の素晴らしい列車寫真に混じってヒュッテの室内画像がありました。ヒュッテはダブルルーフのオハ31系客車4輛ほどを、台車代わりに積み上げた枕木のうえに線路横にならべたものです。やまぶき色車体に窓周り青色に塗ってあり、遠目には側線に列車が停まっているように見えます。一輛は食堂、他は宿舎としてスキーや八幡平の観光に供されていたのです。竜が森は1960年代に数回同好会合宿が行われています。
1967年正月休みを利用し、一年先輩のローズ山下氏とともに大阪から米坂線・八郎潟を撮影し竜が森へとたどり着いたのです。スパッツを着けカンジキを履いた雪装備で線路脇をとぼとぼと歩いていると、ドケーと大きな声が聞こえました。雑誌鉄道ファンの撮影地ガイドにも載った好適地なので正月の雪のなかにも先客があったのです。掃き溜めではなく、雪の中にturu一羽というところです。雪深い東北の片田舎でバッタリお会いするとは思いもしませんでした。ヒュッテに戻り、縄張りを荒らしたことを詫び、一献をかたむけ手打ちを期して記念に撮った写真です。網棚からはローズさん愛用の望遠付ザンザブロニカが吊され、卓上には通信員愛用のペンタックスSV・SPが見え、コニパンSS・サクラカラーが装填されています。「彼らは雪に消えていった」と腹立ちが44年後もまだおさまらないように愛想無く記述いただいていますが、竜が森を後にしたふたりはその後常磐線の平と四ツ倉の間で大型蒸機大好きのローズ氏とC62を撮影しました。ローズ氏は全国各地で蒸機を沢山撮り溜めされてるので発表いただきたいものです。
なお、投稿のなかに総天然色画像で到着した気動車(キハユニ26他)に乗り込むスキー客を撮ったものがありますが、そのとき通信員は先頭車を正面線路上から撮影していました。その一枚が2006年10月のクローバー会写真展「鉄路輝く・記憶に残る昭和の鉄道風景」に「全員乗せてくださいね」の題名で展示いただきました。マイカーや宅配便の無かった時代に、スキー場で過ごした人々がスキーを抱えて14:27発の列車に殺到しているところです。次の盛岡行きは16:51分で積み残されると大変です。日帰りの人は随分早い列車で来たのでしょう。
また写真展が開催されるそうですが、準備いただく方々はもとより力作をお持ちの方々よろしくお願いいたします。

2 thoughts on “雪景色・花輪線に想う

  1. 大阪通信員様、ご丁寧なるコメントをありがとうございました。4年前の展示会で通信員様の写真に気づいてはいたのですが、はからずも今回、両名の写真が照合できました。思えばあれから44年、同じ場面がサクラとフジ別々のフィルムに焼き付けられ、遠く離れて保存され、今回ネット上で再会した訳で、こういうこともできるのですね。大阪通信員様は、ローズ・Yさんに写真の投稿を呼び掛けておいでですが、通信員さんの作品こそお見せいただきたく思います。過去の通信員さんの写真で、人物はたくさん見ましたが、列車は少ないように思います。『ドケッー』と言われても、ドカズに撮った写真などぜひにも見たいのです。それとも、さくらカラーに赤カビや黒カビが生えて見にくくなったり、白っぽくなり雪か何か区別がつきにくくなったのではないでしょうか。お答えは文字でなく、ぜひ画像でお願いいたします。楽しみに待っていますよ。

  2. 大阪通信員さま、「お富さん」じゃないですが、掲示板には久しぶりですなァ。「サクラカラーは日本の色です」と一人主張しておられましたな。話はまるっきり変わりますが、当掲示板のインディケーターが遂に19万回を超えました。20万回も遠くないですが、何時ごろでっしゃろか。

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