ここはどこ?わたしはだれ?国鉄(鉄道省)編②

緊急事態で休んでいたため、ずいぶんと間が開いてしまいました。
次を急ぎます。

以上で国鉄編は終わりで、次回からは京都市電編が始まります。

ここはどこ?わたしはだれ?国鉄(鉄道省)編②」への9件のフィードバック

  1. ⑪ 京都鉄道 No.1 二条駅

    ⑫ 京都鉄道 No.3 (形式2 )
    1894年ダブス製 後に鉄道院509 (500形) 嵯峨駅

    ⑬ 8900

    ⑭ 京都鉄道 嵯峨駅

    ⑮、⑯ 京都鉄道 No.1
    1894年ナスミス・ウィルソン製(製造番号459)後に鉄道院1111(1100形)

    ⑰、⑱ 京都鉄道 No.1 二条駅

    ⑳ 京都鉄道 No.3 (形式2 )

    ㉑ 鉄道省イロ303(西成鉄道いろ1)東京平岡工場製

  2. 21 右の客車は「ロ626」と読めますので、元京都鉄道の「ろ5」ですね。
    東京平岡工場製で定員32人、自重は5.5tです。
    20 カーブの具合から推察すると、二条駅の北、旧二条にあった踏切のあたりでしょうか?

  3. ⑲は鉄道作業局のE4形157号ですね。1894年ベイヤ-ピーコック製の2-6-0テンダ機関車です。特徴はテンダ機関車でありながら、ボイラー横に水タンクを備えていることです。「機関車の系譜図 1」で臼井茂信氏は「満水して勾配を登り、粘着力を最大に利用し、下り勾配は空で軽く走るという着想である」と記しています。勾配線用として、逢坂山越えに活躍したことでしょう。1909年の改番後は7700形7709に改称されました。

  4. ⑲について、
    紫の1863さんの観察眼に脱帽です。AG→E4(7700)までは分かっていたのですが、私のパソコンのモニターでは機番が特定できなかったのです。

  5. 乙訓の老人の甥様
    過分なお褒めの言葉を頂戴し、ありがとうございます。⑲の写真を拡大すると、「157」の文字がうっすらと見えましたので、「明治の機関車コレクション」を探すと見つかった次第です。それにしても短時間で画像を投稿して下さる貴殿にこそ、脱帽です。
    京都歴彩館の基資料には「国鉄稲荷駅か?」と記載されてますが、私にはわかりません。
    ⑳の撮影場所は、やはり二条駅の北側のように思います。画像を拡大すると列車の右側遠方に鳥居と石灯籠が見えますので、出世稲荷ではないかと考えました。未舗装の狭い道は千本通で、100メートルも離れてないように見えます。

  6. お二人の慧眼には脱帽です。
    ありがとうございます。
    特に驚いたのは⑳の撮影場所が千本通りの出世稲荷(現在はなし)付近と推察されたことです。もしその通りなら貴重な写真と言えますね。

  7. 昨日5回目のワクチンを接種しました。
    当日は何ともなかったのですが、今朝から倦怠感と皮膚・関節が痛み、起きられなくなりました。ちょうど風邪を引いた時と同じですが熱はありません。夕方になって痛みが和らいできたのでデジ青を開いて見ています。
    皆様も予防に気を遣ってください。

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