越美線乗車記ー繋がるはずだった鉄路を疑似体験する

昨年11月のクローバー会総会で少しだけお話しました、長良川鉄道と越美北線の乗り継ぎツアーのレポートです。

長良川を上り、岐阜と福井の県境を越え、九頭竜川を下り太平洋から日本海へ。
長大なローカル線に温泉、星空見学と観光も乗り鉄も楽しめた盛りだくさんな内容でした。

清流、長良川を眺めつつ幻の鉄路で日本海を目指す

国鉄越美南線を引き継いだ長良川鉄道と、JR越美北線は一つの路線となるはずでしたが、建設計画が凍結されたことはご存知かと思います。以前は両路線をJRバスが結んでいたこともありましたが、2023年現在は長良川鉄道と越美北線の乗り継ぎは直接連絡するルートはなく、長良川鉄道の終点、北濃駅から越美北線の終点、九頭竜湖駅までバスを複数乗り継いだ上に徒歩での移動が必要となります。ただし、地域のコミュニティバスや宿泊施設の送迎バスを使う関係で乗車に制限があるなど、事前に入念な調査と予約が必要になります。
なお、この徒歩込みのルートは一味違う旅をしたい乗り鉄に注目されており、実際に辿ってみた方のブログ記事やYouTube動画がいくつもアップされています。

2021年と2022年は、長良川鉄道主催による北濃駅と九頭竜湖駅をバスで連絡する一泊二日のツアーが発売されていました。
未成線区間を疑似体験できること、長大な盲腸線を一度に制覇出来ること、煩雑なプランニングや悪天候時の徒歩を避けられるなど、二路線乗り通しでの懸念が払拭できることから参加を決めました。越美北線の末端区間で存廃の話が上がってきていることも後押しとなりました。

長良川鉄道の観光列車に乗車

東京から新幹線と名鉄、高山本線を乗り継ぎ美濃太田へ。ツアーは長良川鉄道の美濃太田駅からスタートします。

長良川鉄道では観光列車「ながら」に乗車します。車両デザインは水戸岡鋭治氏。九州以外でも氏の手掛ける車両に乗れるようになり久しいです。
木を基調とした内装、遊び心のあるロゴの数々、額縁のように囲まれた窓など水戸岡氏らしさ全開です。この様式は水戸岡氏の観光列車では共通のものとなっており、各地で乗り鉄する人は食傷気味になってしまうかもな……とちょっと意地悪なことも思いました。
氏のデザインについての話題は機会を改めるとして、今回の「ながら」に関しては「景色を綺麗に見せるコンセプト」「売店やスタンプ台といった観光列車としての車内設備の充実」「沿線の理解を深めてくれる観光アテンダントの乗務」と、現代の観光列車で欲しい要素がうまくまとまっていて非常に楽しい乗車体験を得られました。

長良川鉄道ナガラ300形を改造した観光列車「ながら」

ながらの車内から長良川を眺める。暖簾と窓枠が観光列車らしい

第五長良川橋梁

途中、深戸駅〜相生駅にある第五長良川橋梁で、東海道本線の大井川にかかっていたものを使用している説明がありました。1960年に前の橋梁が流失した際、掛け替え工事で不要となっていた大井川橋梁の旧上り線のものを転用したとのことです。
現在の大井川橋梁は、上下線の間に空間があり、ここに旧上り線がかかっていました。橋脚は撤去されていますが、橋梁は各地に転用されたそうです。
余談ですが、この空間に大井川鉄道(当時)が架橋し、金谷から島田へ乗り入れる構想があったようです(昭和31年8月30日ごろに新聞各社で掲載)。

北濃駅到着

終点の北濃では送迎バスまで2時間ほどの待ち時間。駅から徒歩15分にある道の駅で鮎料理をいただきました。
駅前には国道158号が通り、東海北陸道のインターも近いことから交通量は多く、秘境感はあまりないです。駅にはラーメン屋が併設され、車で訪れる人も多く見受けられました。
駅の裏側には国の登録有形文化財に指定されている転車台があります。1902年に製造、岐阜駅にあったものを越美北線開通時に移設したという小型の転車台です。SLで運行していた時代はもちろん、第三セクター化後もレールバスの方向転換にわざわざ使用していたという話が興味深かったです。

北濃駅

転車台。1934年の北濃駅開業と同時に岐阜駅から移設された。

未成区間(の近く)を通り抜ける

今夜宿泊する「ウイングヒルズ白鳥リゾート」からの送迎バスに乗車し、石徹白(いとしろ)方面へ向かいます。ここからは越美線が繋がる区間に極力近いルートで九頭竜湖を目指します。
さっそく差し掛かった桧(ひのき)峠は、ヘアピンカーブと急勾配が連続する難所です。自動車での運転も一苦労しそうな区間です。
桧峠に鉄道を通す場合、長大なトンネルを通すのがベストかと思いましたが、東海↔︎北陸の太い直通需要が見込めない限り、費用対効果が悪そうという印象でした。

未成区間の近くを通りましたが、詳しいルート図を未だに探し出せずにいます。測量を開始していた、ループ線を採用予定だったなど断片的な話は目にしますが、どのようなルートだったのかと把握が出来ていません。時間がある時に探してみたいと思います。

石徹白のスキーリゾート宿泊

宿泊先はリゾートエリア内にある「ホテルヴィラウイング」。研修所のような雰囲気ですが中は綺麗にしていて、炬燵もあり快適に過ごせました。
チェックイン後、再びバスに乗り温泉施設「天然温泉 満天の湯」へ。露天風呂と大浴場のある温泉で入浴です。ホテル内には小さな共同浴場しかなかったため、嬉しいサービスでした。
ホテルに戻って夕食後、スキー場でやっていた星空見学会に参加しました。ゲレンデの頂上までゴンドラで向かいますが、室内灯がないため、真っ暗ななか10分ほど乗ることとなりました。閉所や暗所が苦手な人は厳しいかなと思いました。
ゲレンデの頂上は岐阜県と福井県の県境に近い、民家のない山間部で、標高も1350メートルと夜空を眺めるには抜群のロケーションでした。
10月末でしたが、気温は0度近くまで下がり非常に寒かったです。

温泉に星空見学会と非常に充実した内容でした。ただ、全て堪能しようと思うと時間がタイトで慌しい印象でした。

ウイングヒルズ白鳥リゾート。スキー場を中心に、宿泊施設と温泉、キャンプ場が揃う。越美線が全通していたらシュプール号が走ったかも?
公式サイト(https://winghills.net/)より引用

標高1350メートルで撮影した星空。マイクロフォーサーズ機+キットレンズでは綺麗に写せず。

福井県、そして九頭竜湖へ

翌日もバスに乗車し、九頭竜湖駅を目指します。
鉄道が通るイメージが全く浮かばなかった桧峠越えでしたが、石徹白から先は高低差がなくなり、これなら鉄道も比較的容易に通せるのでは?という印象になりました。
徒歩よりも遥かに早い時間でバスは県境を越え、九頭竜湖駅手前までやってきました。バスを使って楽をした後ろめたさはありつつも、無事に越美北線に接続できました。
ちなみにバスは早く着きすぎたということで、九頭竜ダムの見学に向かいました。九頭竜湖駅からダムまでは距離がある上に路線バスがないため、立ち寄ることができて幸運でした。

バスは九頭竜湖駅に到着し、ツアーはここで解散となります。ログハウス風の駅にある委託窓口で入場券を買い求めました。ちょうど紅葉まつりをやっていて、会場までのシャトルバスの発着で賑わっていました。
列車の入線を撮るため、保存されている8620形28651を眺めつつ列車を待ちますが多客のため遅延しているようでした。折り返し列車に間に合わなくなるため沿線での撮影は諦め駅へ戻りました。

8620形28651。九頭竜湖駅延伸前に蒸気機関車は運用を終了していたため、自力でここまで来たことはない模様。

九頭竜湖駅。紅葉まつりで賑わっていた。

越美線完乗

秋祭りの人出に圧倒されながらも何とか福井行きに乗車しました。いかにも鉄道公団線といった一直線に長いトンネルを抜けてあっという間に勝原まで、九頭竜川を二度渡ったころから景色が開けていき、越前大野へ到着します。乗客が一気に増えた列車は平野を走り、そのまま福井へ……と思いきや再び山深い区間に突入します。2004年の豪雨災害に遭った区間を抜けていきます。
一乗谷では開館したばかりの「福井県立一乗谷朝倉氏遺跡博物館」を見かけました。時間の都合上、訪問できませんでしたが、かなり気合いの入った施設だと思いました。また機会を改めて訪れたいです。
一乗谷を過ぎてから景色が再び開け、近郊の利用客をこまめに乗せていきながら福井駅に到着しました。

市波駅付近で見かけ、思わず撮影した立派な建物。日帰り温泉施設とのこと。

えちぜん鉄道寄り道

ついでにえちぜん鉄道の勝山永平寺線の乗りつぶしへ向かいました。乗車した車両はMC5001形。ボックスシートに座りたい気分だったのでその意味ではハズレな一方、国鉄111系由来のMT46A形主電動機と国鉄101系由来のDT21形台車によるワイルドな山登りを楽しめました。
終点の勝山は先ほど通った越前大野にも近く、かつては京福大野線が伸びていました。両方の路線が繋がっているのを見てみたいものでした。

ちなみに、勝山永平寺線では2023年に元静岡鉄道1000形を改造した観光列車がデビュー予定です。車両デザインが大胆に変わっていますが運行開始が楽しみです。

えちぜん鉄道MC5001形

福井駅に戻り、金沢行きサンダーバードに乗車するとほどなくして九頭竜川橋梁を渡りました。白山山系を水源とする長良川と九頭竜川とはここでお別れです。様々な景色や風土の違いを楽しませてもらった川たちに名残惜しさを感じつつ、東京へと帰りきました。

越美線乗車記ー繋がるはずだった鉄路を疑似体験する」への3件のフィードバック

  1. 寺田咲築さま
    長良川鉄道と越美北線の「乗り継ぎ旅」、読ませてもらいました。ご無沙汰していますが、活動の様子、嬉しく思いました。先の長良川鉄道ツアーは、参加予定のところ、足の激痛で参加できませんでしたが、以前、ぶんしゅうさんのクルマに乗せてもらって、長良川鉄道と越美北線の間を往復したことがありました。直線距離ですと、それほどあるように思えませんが、相当な山岳区間で、トンネル、カーブの連続で、鉄道構想はあったものの、鉄道建設は難しかったと想像されました。サイトを見ると、両端の周辺のコミュニティバスを使い、境界付近は歩いて山越えをする記事が多く見ました。これも相当な難行のようです。
    二つの終端駅をバス・徒歩で乗り継ぐ企画は、ほかにもあると思いますが、わがクローバー会の会報5号で、宇都家さんが、「ちょっとヘンな乗り継ぎ旅」として、近鉄東青山~名松線関ノ宮、和歌山線岩出~和歌山電鐵貴志の乗り継ぎ旅を紹介されていました。それぞれは何ら脈略のない鉄道なのですが、たまたま川を挟んで接近していたりして、徒歩による移動、乗り継ぎが可能と言うことです。改めて鉄道旅の奥深さを知りました。
    さて、九頭竜湖駅前の保存されている28651の蒸機の来歴について、いま発売の「レイル」の冒頭記事にちょっと書かせてもらいました。機会がありましたら、ご覧ください。
    最後に、静岡鉄道1000形を改造した、えち鉄の観光電車のデビュー、期待しています。

    • 拙文をご記憶いただき、恐縮です。
      10年ほど前に有馬温泉に行くのに宝塚から歩いたことがあり、これは箕面有馬電気軌道の未成線でもありました。

      越美南北線、長良川鉄道とも乗車したことはなく、本稿を見て、一度乗ってみたいと改めて思いました。関~美濃(名鉄美濃駅跡、街並み、美濃橋も良かったです)~白川郷とクルマで走ったことはあり、その際、川沿いの線路を見、いつか乗ってみたいと思いましたが、未だ実現できずです。

    • コメントありがとうございます。
      足の具合いかがでしょうか。お大事になさってください。
      個人的に、盲腸線の行って戻る行程が性に合わず、出来ることなら一方通行で、せめて復路でちょっと行程を変えたいなと思っています。バスや徒歩を使って、ルートに変化をつけるのも楽しいです。
      直近では錦川鉄道線の終点錦町から抜け道がないものか……と考えております。掲示板の記事も参考にさせていただきます。

      レイル最新号の記事を拝読しました。次位とはいえお召し列車への充当という輝かしい経歴を持った機関車が未だ残っていることはありがたいことですね。自分はお召し列車は電車しか撮ったことがないため、機関車、特に蒸気機関車の美しい姿は写真を見るたびに感動します。
      昨今は管理費やアスベスト対策での解体も進んでいるため、タイミングが合えば保存機もマメに記録するよう心がけているところです。

      機関士さんと再びお会いしたエピソードも読ませていただきました。現場や関係する方とファンの関係がよく構築されていた時代の、互いをきちんと尊敬していたからこそ時間が経っても繋がりが持てる、素敵なエピソードだなと思いました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

wp-puzzle.com logo

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください