一筆書き切符の旅 2日目① 都心の景色をパノラマビュー

1月15日(水)

甲府 8:53 ― 532M 高尾行き → 高尾 10:29

高尾 10:31 ― 快速 東京行き → 東京 11:49

天守台からの景色。中央線の211系の姿も。

甲府盆地というだけあり、朝の甲府市内は霧に包まれていました。ホテルから駅までの道中に甲府城があり、列車まで時間があったので、天守台跡に登りました。甲府市内が一望でき、眼下を走る中央線や身延線の電車も見えました。天守台を降り、駅へ向かいます。流石に天守台に登る人は居ないものの、駅まで城内をショートカットされる地元の方の姿も見られます。

8時53分発の高尾行きは6両固定編成の211系。しかも昨日の311系に続き、またもやトップナンバーを引き当てました。昨日乗車した上諏訪行きはオールロングシートでしたが、こちらはセミクロスシート。車内も空いており、ボックスシートでゆったり移動できそうです。甲府を発車した列車は、山を登ります。車窓右手に、先ほどまでいた甲府市内が広がります。甲府が盆地であるということが、この列車に乗るだけでよく分かります。この付近は勾配もきつく、かつてはスイッチバック駅が多数ありました。現在は全て一般的な駅構造に改良されていますが、一部の駅にはスイッチバック構造の痕跡が残っていました。

高尾行きは211系のトップナンバー。

座席はセミクロスシート。

先ほどまでいた甲府盆地がよく見える。霧も若干残っている。中央本線は地理の教材に使えそう。

某演芸番組の水色の着物の師匠が「パリ」と称する大月。ここからは中央快速線のナンバリングも付けられる。

トンネルをいくつか越え、富士急行線と分岐する大月に到着。ここから先は中央快速線の電車も乗り入れ、少しずつ首都圏に近づいていることが分かります。ホーム上には、3月のダイヤ改正で登場する中央快速線のグリーン車券売機も準備されていました。四方津を過ぎ、再び山間部を走った後、程なくして終点の高尾に到着しました。

高尾では2分の乗り換えで東京行きの快速に接続する予定でした。しかし、到着した4番線の向かいの3番線に電車の姿はなく、1番線から電車が発車するのが見えました。どうしたものかと思っていると、立川付近での線路内立入により、中央快速線が遅延しているとのアナウンス。すぐに八王子方面から、折り返し東京行きとなる電車が3番線に入ってきました。本数が多いとはいえ運休していないようなので安心しました。

高尾からは、中央快速線の無料グリーン車に乗車。

中央快速線では、先述したように3月のダイヤ改正でグリーン車が営業開始しましたが、それに先立ち、当時はお試し期間としてグリーン車連結車両は、料金不要で乗車できました。乗車した東京行きもグリーン車を連結していたため乗ることにしました。乗車するのはもちろん2階席です。無料グリーン車は、テーブルの破損等が相次ぎ、乗客のマナー問題が指摘されていました。確かに、車内に入ると倒したままのリクライニングや広げたままのテーブル、下ろしたままのカーテンが見られました。新幹線でも、座席のリクライニングは元の位置に戻すよう放送されているため、最低限のマナーは守ってほしいものです。座席を進行方向向きにし、右側の席に座ります。グリーン車の乗車率は発車間際で、6割ほどでした。

グリーン車車内の様子。折り返し清掃も無いため、ヘッドレストリネンも未取付け。

後続の特急に道を譲ったこともあり、電車は高尾を10分ほど遅れて発車しました。グリーン車はやはり人気のようで、途中駅ではグリーン車の号車に長蛇の列ができていました。座席も満席になり、デッキの立ち客も増えました。京阪8000系のダブルデッカー車に似たものを感じます。

立川では、試験車両のMUE-Trainに遭遇。

車窓は住宅街からマンションが目立つようになり、建物の密度も高くなります。多摩モノレールや南武線、西武多摩川線等、乗り換え路線も多くなってきました。三鷹からは中央・総武緩行線も加わって複々線に。黄色い電車との離合も増えました。新宿のビル群がどんどん近づき、中野で東西線と分かれると日本一のターミナル駅新宿ももうすぐです。ずらりとホームが並び、お昼前にもかかわらず多数の人が行き交う新宿駅に圧倒され、多数の路線と併走しながら代々木を通過。左にカーブして山手線の内側を走ります。代々木~神田間は江戸城の外堀に沿って線路が敷かれたこともあり、S字カーブになっています。ビルの谷間に水辺の景色が広がり、乗っていて楽しくなる区間でした。神田を発車して坂を登るとまもなく東京です。日本縦断の時にも感じましたが、東京都心に近づく雰囲気にはいつもわくわくさせられます。今回は2階席から眺めたこともあり、感動もひとしおでした。(続く)

総武線と競走。

東京まで乗車した快速。

早くも次の電車が到着。グリーン車を組み込んでいない電車は、写真のように10両編成のステッカーを掲出。

中央線ホームより。E657系のフレッシュひたち復刻塗装の姿も見ることができた。

一筆書き切符の旅 2日目① 都心の景色をパノラマビュー」への6件のフィードバック

  1. 岡山好きの元京都人様
    武田節でも歌いたくなるような甲府盆地ですが甲府城は徳川系の城で武田信玄は城を持たなかったと聞いています。躑躅ケ崎館がそれに相当するのでしょう。鳥羽伏見の戦いで破れた新選組の近藤勇は幕府から甲陽鎮撫を命じられ甲府を目指しましたが敗走して板橋で最期を迎えました。山梨は国際興業の小佐野賢治や東武の根津嘉一郎など多くの実業家を輩出していますが阪急の小林一三も韮崎の出身ですね。この辺りは専門家に委ねるとしまして、トップナンバーは嬉しいものです。それとグリーン車の特別料金無料時代は乗りましたが1年前のことです。

    • 準特急様
      お城については、築かれた時代背景について知るとさらに興味が湧きますね。
      山梨県出身の実業家、多いですね。甲府駅前で見た山梨交通は国際興業の傘下ですが、小佐野賢治の出身地であることも背景にあるようですね。
      2日連続、トップナンバーを引き当てるとは思いませんでした。JR東海では213系が来月引退しますが、JR東日本の211系も今のうちに記録しておきたいですね。
      無料グリーン車は、やはり破格のサービスだったと思います。大学時代、関東出身の友人が京阪8000系のダブルデッカー車に、特別料金無しで乗れることに驚いていたことを思い出しました。

  2. 岡山好きの元京都人様

    東京に行く機会は今後あるかと思います。東海道新幹線、東海道線に飽きた訳ではありませんが、中央本線経由、北陸新幹線経由の東京行きもぜひともやってみたいものです。そんな気持ちがメラメラと湧き上がってきました。

    私は駅名研究家を名乗ってからは駅名標ばかり気にしていますが、最近は車両形式にも注目するようにしています。トップナンバーやきれいな数字並びも注視してみていきたいと思います。

    • 奈良の駅名研究家様
      北陸経由も良いですね。まだ新高岡以東に乗車したことがないので、ぜひ出かけてみたいと思います。
      車番も注目すると結構面白いです。トップナンバーの他、ゾロ目や1234といった並び、1122のような縁起の良い数字等、探し出すと色々あります。

  3. 岡山好きの元京都人様
    中央東線にはスイッチバックが設けられた駅が数多く存在しました。いずれの駅も複線化時に廃止され現在は一つも残っていません。今回乗車された上り方向でスイッチバックのあった駅を整理しますと
    ○「長坂」1971年9月28日廃止
    ○「新府」1970年9月22日廃止
    ○「韮崎」1970年9月16日廃止
    ○「勝沼ぶどう郷」1968年8月30日廃止
    ○「笹子」1966年12月12日廃止
    ○「初狩」1968年10月1日廃止*スイッチバック施設は「保線基地」として残っている
    となり、「笹子」を除き下り方向に複線化されたことが分かります。
    中央線快速のグリーン車は、昨年(2025年)春の時刻改正から導入されました。現在では一番後からの導入ですが、両開きのドアーの採用など他線とは大きな違いがあります。首都圏エリアの普通列車用自由席グリーン券は、原則1枚で1個列車に有効ですが、同一方向であれば1枚のグリーン券で乗り継ぎができます。例えば最西端の沼津(東海道本線)からは直通列車がなくても前橋(両毛線)、宇都宮(東北本線)、高萩(常磐線)、成田空港(成田線)、成東(総武本線)、上総一ノ宮(外房線)、君津(内房線)までが有効になります。しかしながら中央本線はもともと他線との直通列車がなかったため乗り継ぎができず線内と青梅線のみの有効となっています。
    写真は、1967年8月24日に「甲府」で増結待ちをしている『第1白馬』です。「糸魚川」を2両で出発し「松本」、「甲府」で増結し長大編成となって「新宿」に向かいます。「甲府」は60年前と比べて橋上駅になりましたが、県庁所在地駅の中で雰囲気の変わっていない駅のひとつだと思います。

  4. いつも旅行記楽しんでいます。
    下り電車がトンネルを抜けると大パノラマ、という勝沼ぶどう郷駅が有名です。眼下に広がるブドウ畑と甲府盆地の向こうの南アルプス連峰。ここから下る先は果樹園地帯になりますが、特にお気に入りは春日居町駅です。対面式の長いホームと待合所があるだけの無人駅。周囲は桃畑で4月には桃の花満開でピンクの世界になります。桃源郷です。天気のいい日は頭だけですが富士山が見えます。
    地図を眺めて、甲府駅は、昔の政治の中心と商業の中心の中間にあり、市街に遠慮して迂回することなく堂々まん中にあります。50年前の本の甲府駅略配線図では、駅北側に機関庫があったようですが、今はその跡地あたりにNHKの大きな建物があり、1年前に駅北口を歩いたときは、街がずいぶんオシャレに変身しているな、と感じました。
    快速つくばね様の真夏の写真をみて、橋上化されても今もあまり変わらない雰囲気の上り線ホームだな、と思いました。

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