飯田線1973年8月

総本家青信号様、どですかでん様に刺激され、便乗させてください。場所の不明な飯田線の写真があったのですが、お二人のお蔭で遠い記憶を戻すことができました(私は何も分析できていなくてすみません)。1973年といえば会社へ入って2年目でフトコロの余裕は出来たものの自由な時間が少なくなり、正月や連休、会社の夏休みを利用しFさん、I氏について出掛けたたものです。当時は鉄道の写真を撮るだけで満足していましたが、今となってはやはりデータは取っておくべきだったと考えさせられます。総本家さんの言われる飯島-伊那本郷の与田切川と思われます。これは場所が分からないのですが、かなり水量が多くなっています。豊橋駅でのクモハ52ですが、「8時39分」発「豊川」行きの看板をぶらさげています。当時、事業用車はあまり興味が向かなかったのですが今となっては貴重です。クモヤ22201です。

7 thoughts on “飯田線1973年8月

  1. wakuhiroさま
    カラーの飯田線、ありがとうございます。わたしはカラーでは撮っていないため、たいへん参考になりました。トップの写真は、ガーダーの形状からして与田切川の鉄橋ですね。赤いガーダーと茶色の旧型電機が絶妙の対比です。また橋台は一部煉瓦積みと書きましたが、この写真で石積みと分かりました。やはりカラーは情報量が多いです。
    その下の旧国が渡る鉄橋ですが、川の感じからして、天竜川ではなく、豊川の支流である、宇連川ではないでしょうか。ちょうど、本長篠辺りで並行する川ですから、飯田線の南部となります。

  2. wakuhiroさま
    私の投稿のコメントで「お父さんはお人好し」のラジオ番組をよく聞かれたとの事ですが、私もよく聞いていました。当時はラジオしかなかったのですが、それはそれで楽しんでいました。やはりカラー写真はいいですね。私も1971年の飯田線温田合宿の時にカラーで撮りました。リバーサルフィルムでしたので、例によって保管が悪かったので部分的にカビで赤くなっていました。修復で何とか見れるようになりました。温田合宿の写真も一緒に投稿しようかと思ったのですが撮影場所の大捜査で手間取ったので改めて投稿しようかと思っています。

  3. 総本家さま、どですかでんさま場所情報ありがとうございます。また「お父さんはお人好し」の当時の表現からすると「総天然色」ですが、フィルムは乾燥剤と一緒に缶に入れて保存していました。これはアルバイトに行っていた某放送局のフィルムの保管方法を見習ったものです。特に湿度の影響が大きいようですね、退色はしていますがカビは全くありません。今からでもこの方法をお薦めします。

  4. 上から2番目の写真は、鉄橋の形、周囲の景色から、天竜峡駅を豊橋方面に発車して直ぐに天竜川の本流を渡る場所を川原から撮影されたものと思われます。
    電車は、左からクモハ54001+クモハ50001+クハユニ56001で、クハユニ連結3両編成の豊橋区40番代の運用です。
    扉付近には立客も見られ、飯田線が「あて」にされていた時代です。

  5. すみません。上記、他人ごとみたいに書きましたが、よくよく見たら、昭和48年7月28日、wakuhiro氏、INUBUSE氏、私と3人で飯田線を訪れた時のものですね。

  6. 藤本 様
    おっしゃる通りです、3人で飯田線に出掛けたときのものです。当時はよく誘っていただいてありがとうございました。お蔭様で貴重な写真を残しておくことができました。これら以外にも信越線や
    江ノ電のネガもありました。機会を見つけて載せて行きます。

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