客車廃車体訪問記 北海道編11

【深川市桜山温泉パラダイス跡】

ナシ20 7  オロネ10 2058  オロネ10 68  43.754609, 142.010047  1998年9月14日撮影  深川市桜山温泉パラダイス跡  最寄り駅北一已
画面右先頭からC58 98+ナシ20 7+オロネ10 2058+オロネ10 68

 文字通り桜の名所として知られていた桜山に、1960年代末「桜山レジャーランド」という行楽施設ができ、そこには機内に喫茶設備を設けた実物のダクラスDC-3もあったそうである。機体は水平にしていたのであろうか。そのレジャーランドの北西に「桜山温泉パラダイス」なる入浴施設があり、そこでSLホテルとして営業していた。
訪問時はC58 98は綺麗に塗装されているのに客車は塗り替えもされずボロボロで放置状態であった。そしてその後危険になったため解体撤去された。露天ながらC58は今でもあるが客車は現存しない。蒸機は優遇され、客車は使い捨ての一例である。なお、桜山レジャーランド側にはD51 312が保存されている。

▲ナシ20 7  北海道では20系客車の定期列車はなかったが、運用終了後津軽海峡を渡った仲間が何両かあり、その内の1両だった。
◆ナシ20 7(1964年日車)→1975年廃車。

◆オロネ10 2058(1962年日立)→1975年廃車。

◆オロネ10 68(1963年日車)→1975年廃車。
オロネ10は北海道内に501~506の6両があったが、まだ稼働中だったため、盛岡から2058が、名古屋から68が海を渡ってきた。

 

2 thoughts on “客車廃車体訪問記 北海道編11

  1. 井原さま
    北一已でⅭ58とオロネ10ですか。彼の地に置くなら当然Ⅾ61ではと思うのですが、当時の保存機は地元との所縁があるかどうかなどを斟酌せず、本社サイドで適当に割り当てられていたため、C58がここに在っても不思議ではないものの、オロネ10が2両もというのはいささか腑に落ちないですね。とはいえ保存機は形式希望は叶えられていたようですが、機番がアトランダムでした。客車も同様だったのかどうかまでは詳らかにしませんが、設置者にオロネ10に対するよほどの思い入れがあったのかもしれません。
    DC-3もあったそうですが、喫茶店として営業したなら当然水平に置かれていたはずだと思います。そういえば昔の宝塚ファミリーランドにDC6だったが在って、これも機内見学ができてジュースくらいは出たように記憶します。まだまだ飛行機に乗ることは雲の上のような時代でしたから、ある意味でいい経験だったと思います。
    さて本欄で飛行機の話はどうかとも思いますが、会員中にも飛行機好きの方が居られますので、DC-3ついでにちょっと飛行機の話題を。
    40年ほど前になるでしょうか、紀勢線を旧客で巡っていた際に紀伊姫の辺りだったかで、飲食店の看板代わりの飛行機を見かけたことがあります。多分ドライブインだったと思いますが、ほぼ軒くらいの高さまで上げた状態で、遠目からも良く見えました。残念ながら本物かどうか(列車内からは本物に見えた)や形式まではわかりませんでしたが、セスナよりは大きい飛行機だったように見えました。
    もう一つは本物のDC-3に搭乗した話です。小生、鉄道では国鉄型原色車が好きなのですが、飛行機も昔からプロペラ機それも旧い機材に興味をそそられてきました。当時でも世界中を探せばB707やDC8以前のプロペラ機が僅かながら飛んではいたのですが、大半は名前も聞いたことがないローカルなもので、現地への費用や安全性を考えるとやはり諦めざるを得ませんでした。
    ところが1994年、会社の友人とフロリダへ行く話が持ち上がり、種々調べるとオーランドからキーウェストまで、英国ヴァージン航空の子会社がDC-3を使って遊覧飛行を行っていることがわかり、実はこれに乗ってヘミングウェイが愛したキーウェストの街を観光してきました。DC-3の通常の地上駐機の状態は機首が高く後部が低いため、後部の搭乗口から機内に入ると前方席へは上り坂を上がっていく感じで搭乗しました。
    これ以上は長くなりますので、またの機会にしましょう。ご関心のある方がおられましたらご連絡下さい。

    • C58 98は全国最後のC58配置区であった北見機関区の7両の内の1両です。北見のカマが深川に来るのも変といえば変です。おっしゃるようにD61ならベストでしたね。D61 4が深川にまだいましたから。
      3両の客車が廃車になった1975年頃は、ロネの形式はオロネ10、オロネ14、ナロネ20~22、オロネ24で、廃車になりそうなのはオロネ10か20系ロネしか選択肢がなかったようです。
      私はDC-9と10しか乗ったことがありませんが、DC-9は狭苦しかったのと、機体が低いので離陸時に一層スピード感を感じたものです。

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