客車廃車体訪問記 内地編74 高知県-3

【佐川町 さかわ観光協会 うえまち駅】 33.498811, 133.287840  2022年5月4日撮影
ロ481
「うえまち駅」は佐川駅から西へ徒歩約5分の、さかわ観光協会の事務所がある新しい建物で、ロ481はその中に展示されていて、2021年4月17日にオープンしたそうである。隣に佐川文庫庫舎がある。
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多層建て客車急行「青葉」(3)

多層建て客車急行「青葉」(2) | DRFC-OB デジタル青信号から続く】

◆昭和30年7月1日から、「みちのく」の1号車が欠番だったのが2号車の特ロを1号車にして整理したことに伴い、「青葉」も影響を受けて上野寄り先頭ハニが3号車に変更されました。
↓『時刻表』昭和30年8月号「主要旅客列車編成」

【編成記録】『RAILFAN』690号 平成22年2月号p.12,13
昭和31年3月17日郡山-福島間の編成
C57 13[仙]+D51 230[福一]+C51 52[福一]+スハフ42 9東ヲク+スハ43 296東ヲク+スハ43 201東ヲク+スロ34 9東ヲク+スハフ42 48東ヲク+スロハ32 6東ヲク+スロ51 12仙セン+スハシ29 104仙セン+スハフ42 322仙セン+スハ43 44仙セン+オハニ63 2仙セン
通常重連のところ、この日は回送のC51が付いて3重連。

 

【編成記録】『鉄道ピクトリアル』60号 昭和31年7月号p.26
「101列車編成 昭和31.5.26 上野駅にて(※日付は「昭和30.5.26」となっていましたが、これは誤植で、『鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション5 国鉄ダイヤ改正 1950』(2004年5月号別冊p.81では「昭和31.5.26」となっています)。
C61 30[白]+⑬スハフ42 47+⑫スハ43 432+⑪スハ43 431+⑩スロ33 13+⑨スハフ42 46+⑧スロハ32 56+⑦スロ51 14+⑥スハシ29 103+⑤スハフ42 283+④スハ43 458+③オハニ63 1
C61は白河まで、⑬~⑧東ヲク、⑦~③仙セン、⑬~⑩秋田行、⑨~⑧青森行、⑦~③仙台行

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多層建て客車急行「青葉」(2)

https://drfc-ob.com/wp/archives/131417#more-131417から続く】

◆『時刻表』昭和27年7月号によれば、7月1日から奥羽本線425レの釜淵発・大滝発時刻が1分ずつ遅くなり、及位発・院内着は逆に早くなり、院内終着は20:51になりました。また、8月号では、釜淵発・大滝発・及位発は7月号と同じですが、院内終着は20:54とあります。何故このようにコロコロ変化したのでしょうか。

 

【編成記録】『鉄道ファン』194号 昭和52年5月号 p.48
昭和27年7月15日下り急行“あおば”
C62 8+スハフ42 32仙ワカ+スハフ42 65秋アキ+オハフ33 50東オク+オハ35 909東オク+スハフ42 27仙セン+スハ43 77仙セン+スハ43 76仙セン+スハシ37 2仙セン+オロ36 16仙セン+スロ51 42仙セン+スハニ35 12仙セン
スハフ42 32…会津若松行   スハフ42 65…院内行   オハフ33 50~オハ35 909…青森行   スハフ42 27~スハニ35 12…仙台行

スハニ35 12はスハニ35形式のラストナンバーです。特急用として新製されましたが、計画がお流れになって仙台に配属されたスハニ35 10~12のうちの1両です。座席が固定式のため下り列車では後ろ向きでした。

 

◆昭和27年9月1日に東北・常磐線・北海道線時刻改正がありました。

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多層建て客車急行「青葉」(1)

昭和の昔、「青葉」という愛称の客車急行列車がありました。愛称が付けられたのは昭和25年11月で、その名のとおり、主に上野-仙台間の東北本線経由の急行でした。「主に」としたのは、運転区間が上野-仙台間だけではなく、上野発下りの場合、1編成中に終着駅が合計4箇所の客車を連結しているという、気動車も顔負けの「多層建て客車急行」だったのです。
東北本線経由上野-仙台間の昼行急行は、第二次大戦前からありました。また、戦後まもなく復活していますが、多層建てではありませんので、本稿では戦後の多層建てになる少し前から多層建てでなくなるまで運転時刻・編成等の変遷を辿ってみたいと思います。

 

◆昭和23年7月1日時刻改正で、上野-仙台間急行103レ,104レ、仙台-青森間不定期急行2103レ,2104レとして設定されました。
103レ 上野9:00-16:55仙台17:06-2:07青森 2103レ (上野-仙台間7:55)
2104レ 青森23:25-9:46仙台10:00-18:05上野 104レ (仙台-上野間8:05)

 

↓昭和23年7月1日改正 『旅客列車編成並びに客車運用表』東京鉄道局

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立体交差化工事中の阪急上新庄駅付近

2021年7月11日付「昭和の電車 改訂版(192)ー阪急2800系ー」https://drfc-ob.com/wp/archives/125554#comments

のコメントで、上新庄駅の地上駅時代と高架後の写真が披露されました。それに関連しまして、立体交差化工事中に撮影した何枚かをご覧にいれます。1974年4月24日の撮影です。列車はできるだけ2800で揃えました。

1.在来線に沿って東側に仮線を作り、旧線を立体交差化しました。旧ホームがあった北寄りに、内環状線を跨いで新高架ホームを作っています。この時点では高架新線はまだ片側(京都行)しかできていません。2817他梅田行特急。

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特急雷鳥ヘッドマークのローマ字についておたずね

昔のネガをデジタル化していて、変なものが出てきました。大阪駅で撮影した「雷鳥」のヘッドマークのローマ字ですが、「RAICYO(マクロン付のオー)」となっています(車番はクハ481-125大ムコ)。残念ながら編成反対側のヘッドマークは撮影していません。他のネガの雷鳥のヘッドマークを見てみましたが、「RAICHO(同)」ばかりで「Y」はこの1枚だけです。なぜ「Y」と「H」があったのでしょうか。「どーでもエエことや」とか「電車好きは誰でも知っている」などとおっしゃらずに、どなたか事情をご存じの方、ご教示ください。

客車廃車体訪問記 内地編73 福島県-4

【須賀川市立第二小学校北側】 37.293732, 140.372220 2020年11月1日撮影
オハフ46 2021
昨夏、未知の廃車体を、
https://425.teacup.com/ytrain/bbs の2019年7月14日
で紹介していたので、これはぜひ行かねばと思いながら、この度やっと訪問する機会ができた。
場所は、JR須賀川駅から徒歩10分、須賀川市立第二小学校の道路を挟んだ北側、長禄寺(ちょうろくじ)という曹洞宗の大きな寺の墓地の西側に隣接してほぼ南北に置いてある。倉庫のようである。外観は、20m切妻で屋根は張り替えてあり、台車はない。木製の窓枠が一部腐食している1m窓が10個と端に700mm下降窓、妻面に尾灯があるので、ハフであることがわかる。
現場に着くと、廃車体の前にライトバンが停まっており、妻面のドアが開いて、大人と子ども(野球のユニホームを着た小学生)が約10人、試合後のミーティングのようなことをやっていた。そのうちに賛美歌を歌い出し、訳が分からないまま15分程経つと終わって散会しはじめたので、リーダー格の人に挨拶してことわってから撮影した。その人に聞いたところによると現車は、地元のボーイスカウトの用具置場兼集会所(エアコン、外に水道がある)として使っているそうである。
【銘板】 昭和26年 名古屋日本車輌(後位)
昭和39年改造 土崎工場(前位)
昭和49年改造 大宮工場(前・後位) を確認した。
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客車廃車体訪問記 内地編72 福島県-3

【旧熱塩駅跡】 37.729685, 139.880681 2018年4月30日撮影
オハフ61 2752
福島県喜多方の北方、静かな山の集落の中、旧日中線終点の熱塩駅跡に、上屋付き(以前は無かった)でロキ287[仙]と一緒に保存されている。旧駅舎が「日中線記念館」になっている。近くに熱塩温泉があるので、ついでにここを訪問する人がいるかもしれないが、わざわざここだけに来る人などいないと思われる。
オハフ61 2752が日中線にゆかりがあるのかどうか知らないが、構内は十分なスペースがあるので、どうせならスハニ35も残しておいてほしかった。
◆ホロハフ(ナロハフ)22801→ナロハフ11864→ナハフ14012→(1955年鋼体化改造 長野工)オハフ61 752→(1968年電暖追設 土崎工)オハフ61 2752→1984年廃車
※ナハフ14012は、鋼体化改造直前の1955年9月20日に、山科の人間国宝さんが長岡で撮影されている(配置標記は新コテ)。

 

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客車廃車体訪問記 内地編71 香川県-2

【某医院敷地】 34.326691, 134.067782 2015年1月2日
スユニ50 2058
高松市の小児科医院敷地に台車付きで置いてある。1-3位側は建物とくっついていて往き来ができ、小児科なので、子ども用待合室のような用途であろうか。開業医の施設としては、湘南電車だったかの診察室を思い出す。
琴電長尾線に近く、電車からも見えるかもしれない。訪問時、現車は明るい青色に塗られ綺麗な状態であった。屋根上に箱状のものがやや千鳥配置に7個あるが何であろうか。
◆スハ43 207(1952年新製 日車)→1966年近代化改造 多度津工→(1981年改造 幡生工)スユニ50 2058→1987年廃車
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客車廃車体訪問記 内地編70 兵庫県-3

【ブルートレインキャンプ場】 34.810668, 135.297039 2013年1月5日撮影
ナハネ20 239
ナハネフ22 25
高校2年の遠足が蓬萊峡だった。クラスの誰が発案したのか知らないが、宝塚駅から往復徒歩で文字通り「遠足」であったが、不思議と文句をいう奴や落伍した奴はいなかった。先年の福知山線廃線跡ハイクで大多田橋を通ったが、そこからの道路に歩道がないので現在はとても危険で不可能であろう。
このキャンプ場は蓬萊峡の近くで、県道51号のヘアピンカーブ付近に阪急バス「座頭谷」停留所があるが、これ以外にここにやって来る手段はなさそうである。客車以外に貨車が多数いて、車掌車なのに「ハワム583422」(書体は本格的である)と標記してあったり意図が不明なものもある。
最近キャンプ場をGoogleマップで見ると、上の画像2両のうち右のナハネフ22 25がいなくなっているように見える。
◆ナハネ20 239(1968年新製 日車)→1998年廃車
◆ナハネフ22 25(1963年新製 日車)→1998年廃車
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客車準急「エルム」の運用表

またまたしつこく「エルム」で恐縮ですが、たぶんこれで最終ですので、お時間の十分ある方だけご覧ください。
緊急事態宣言が解除されてもまだ家に籠もっていますのて、家の中をいろいろと捜し物ができました。その結果、下記資料4点が出てきました。「エルム」の最末期~「ちとせ」統合化直後の運用です。前稿「客車準急「エルム」 時刻表でたどる運転時刻と編成」と内容が重複します。
1.昭和34年□月 札鉄達乙第956号(別冊) 客車運用表 札幌鉄道管理局
2.昭和35年6月 北支達乙第25号 客車運用表 北海道支社
3.昭和36年7月札鉄達乙第□号別表(昭和36年7月1日現在) 主要客車列車編成表 札幌鉄道管理局
4.昭和36年9月 北支達乙第76号 客車運用表 北海道支社

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客車廃車体訪問記 内地編67 茨城県-2

【個人の庭】 2000年6月10日撮影
スエ38 3


ここは一人で訪問したのではなく、この時に開催された東日本グループの真岡鐵道撮影会(?)に参加して、東大宮-蓮田(夢空間が通過した)から始まって真岡鐵道を撮影したがほとんど記憶がなく、道の駅もてぎで昼食を食べたこと位しか憶えていない。
そして時間に余裕ができたので半ば強引に連れて行ってもらったのである。参加された皆さんには得体の知れない客車にお付き合いいただきご迷惑をおかけしました。3軸ボギーに二重屋根と車体のリベットに免じてご勘弁ください。
個人に引き取られ(無償貸与らしい)、住宅の庭に当初上屋が無かったがその後上屋が付き大事に保存されて、地域の子ども図書館として親しまれているようだったが今も変わりないだろうか。
◆カニ39551(1930年新製 川車)→(1941年改番)カニ37 7→(1946年連合軍接収改造 大宮工)軍番号3201(郵便車)  カニ37 7→(1953年改番)カニ29 12→(1958年更新修繕Ⅰ 長野工)→(1962年改造 大宮工)スエ38 3→1980年廃車
※連合軍の指定解除は1957年なので、指定時はカニ37、解除時はカニ29ということになる。 続きを読む

客車準急「エルム」 時刻表でたどる運転時刻と編成

先般、西村さんの「福塩線のコロナ対策(続報)」から脱線して、準急「エルム」が話題になりました。客車時代の「エルム」を少し調べたついでに、デビューから36-10までの時刻・編成の変遷を交通公社の時刻表でたどってみました。「エルム」の写真もなく、ダラダラと長いだけの投稿になってしまいましたが、ご用とお急ぎでない方はご覧ください。

◎客車時代の準急「エルム」
「エルム」といっても五所川原ではなく、北海道の室蘭と札幌を結んでいた準特急でもない準急行列車の愛称で、室蘭本線~千歳線を走る初めての優等列車として設定されました。当初は愛称がなく、昭和25年4月に「エルム」というかわいい親しみやすい愛称をもらいました。国鉄初のカタカナの愛称でした。終始、室蘭を朝発車して札幌へ向かい、昼過ぎに札幌を出て夕方に室蘭に帰るスジでした。34年9月22日時刻改正から「エルム」と同じ室蘭-札幌間に気動車による準急0が登場し、時代の流れでその後まもなく「ちとせ」が2往復に増加し、ついに36-10で「ちとせ」に統合され、客車準急「エルム」の愛称は惜しくも消えてしまいました。
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客車廃車体訪問記 内地編68 富山県-1

【富山市老田口】 36.719077, 137.134810 2001年11月3日撮影
オハフ45 2021
現在のあいの風とやま鉄道小杉と呉羽の間、県道44号沿いの「あさひラーメン」というラーメン屋であった。車体にネオンをはわせてあり、夜には怪しく点滅したのだろうか。
車体だけを置いてあったのではない。台車(TR47)をちゃんとはいている。地面に客車の大きさに合わせて穴を掘って、台車ごと入れるという作業はたいへん面倒だったのではないかと思う。このような設置方法は他に見たことがない。雨水等の排水はどうしていたのだろう。東側妻面とつながった建物があり、店主の住宅か事務所だろうか。車両の北側は植栽があり屋根しか見えなかった。
◆オハフ45 21(1955年新製 日車)→(1965年電暖追設 大宮工)オハフ45 2021→1986年廃車
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客車廃車体訪問記 内地編67 奈良県-1

【田井庄池公園】 34.600976, 135.828893 2011年5月8日撮影
オハ61 930
天理駅の西、田井庄池公園北側に近鉄天理駅のホームと並んで、D51 691と一緒に保存されている。配置標記が「天テンリ」と書いてあるのがおもしろい。最終配置は紀伊田辺であった。上屋があってフェンスで囲まれているので良い状態に見える。茶色の客車がそのまま保存されているのは好きである。できれば標記の字体はなんとかしてほしい。
◆ナハユニ15512→(1955年鋼体化改造 土崎工)オハ61 930→1971年廃車
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客車廃車体訪問記 内地編66 大阪府-3

【First Train】 34.347193, 135.242997 2011年12月29日撮影
オハ46 378
JR和泉鳥取と南海鳥取ノ荘の中間、蓮池の北縁にあるレストランである。現在も営業している模様。オハ46の廃車体は珍しく、他に京都鉄道博物館のオハ46 13がある。
◆スハ43 378(1954年5月新製 川車)→(1956年2月11日改番)オハ46 378→1966年7月22日近代化改造、信越線対策併施 幡生工→1971年7月15日体質改善B3 高砂工→1986年廃車
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客車廃車体訪問記 内地編65 兵庫県-2

【健康ひろば加古川】 34.736263, 134.853301 2005年5月4日撮影
スロ81 2122
旧型お座敷客車の廃車体である。珍しい。健康ひろば加古川は、山陽電鉄別府駅の北北東約500mにあって、お好み焼き・明石焼きのスロ81 2122、喫茶・寿司・麺類・丼のサシ581-25が営業していた。今は全く別の店舗になっていて現存しない。
◆ホハ(ナハ)35040(1925年新製)→(1928年改番)ナハ23481→(1951年鋼体化改造 大宮工)オハ61 123→(1962年改造 長野工)オロ61 2088→(1964年改造 松任工)オロフ61 2004→(1967年改造 多度津工)スロフ62 2004→(1979年改造 高砂工)スロ81 2122「摂津」→1986年廃車
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客車廃車体訪問記 内地編64 新潟県-2

【守門温泉SLランド】 37.356652, 139.038144  2019年10月26日撮影
オロネ10 2085
新潟県魚沼市の山奥、「守門(「すもん」と読むらしい)温泉SLランド」という名称で、廃業した宿泊施設のようであるが、今でも「守門温泉SLランド」と題するWebがあり、「リニューアル完成されました♪ 温泉浴室と大広間が新しくなりました。^^」とか、機関車の番号を9657と書いてある。荒れ放題で立入禁止になっていて、雨上がりで草が濡れていたため近寄ることができなかった。
29657に連結され、手前にもう1両オロネ10 2083もいたが、リニア・鉄道館のオロネ10 27に部品提供したため、2085だけになった。
◆オロネ10 2085(1963年新製 日車)→1976年廃車
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客車廃車体訪問記 内地編63 兵庫県-1

【はじかみ池公園】 34.900513, 135.189792 2009年1月3日、2019年10月28日撮影
マニ50 2036
神戸電鉄公園都市線南ウッディタウン駅の南に隣接する公園に、D51 25、ヨ8682と保存されている。新製後僅か9年で廃車にされた勿体ない客車である。一度目の訪問は2009年正月で緑色、二度目はその10年後で青色に塗られていた。上屋があるのはいいが、覆い被さっていて鬱陶しい感じがするのはやむを得ない。
◆マニ50 2036(1978年新製 新潟)→1987年廃車
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