薩摩を旅して(後編)

南薩鉄道の跡を訪ねて薩摩半島を北上し、伊集院を経て串木野に着きました。薩摩島津家の財政を支えた金山を訪ねるためです。三井串木野金山の一部が「ゴールドパーク串木野」というテーマパークになり、更に現在では焼酎メーカー濱田酒造の「金山蔵」となっていて、かつての坑道が焼酎の醸造施設に利用されています。その坑道奥にある醸造施設を日に4往復のトロッコに乗って見学することができます。

平成30年5月11日 金山蔵トロッコ乗り場

610mmゲージのトロッコに乗って坑道に入ります。

発車するとすぐ坑口です。最も右のレールはかつて使用されていた動力用第3軌条

今は使われていない分岐点を通過

マインパーク時代には2列車で運転していたそうで、この分岐点はかつての交換設備だったようです。しばらく進むと、また合流しました。約7分ほどで終点です。

終点に到着

先の便で来られていた見学者が焼酎蔵の見学を終えてホームで待っておられました。トロッコを降りてガイドさんの案内を聞きながら坑道の中を歩きます。

電気機関車と鉱車

電気機関車や蓄電池機関車など鉱山設備も展示されていますが、見学のメインは焼酎の醸造設備や熟成用タンクです。約30分ほど見学し乗り場に戻ります。現在稼働中のトロッコはマインパーク時代のものとは違っていて更新されているようです。

蓄電池機関車の運転席

編成は客車+機関車+貨車+客車+客車の5両編成です。機関車は中間にありますが、運転席にはモニターがあって、これを見て運転していました。車両の下回りを確認できませんでしたが、多分ボギー車ではなく2軸車だと思います。

貨車

焼酎を運ぶための有蓋フラットカーがあるのがいかにも酒蔵鉄道でした。往復50分の地中旅でした。到着後お土産にしっかり焼酎を買ったのは当然のなりゆきでした。

さて串木野から更に北上し川内に向かい、川内でレンタカーを返して 次は肥薩オレンジ鉄道の旅です。肥薩オレンジ鉄道のウリは「オレンジ食堂」というグルメ列車です。その人気の「オレンジ食堂」ですが、一般募集日と旅行会社が押さえている団体貸切日があって いつでも好きな日に乗れる訳ではないのです。そこで運転日カレンダーを入念にチェックして2ケ月前に予約電話を入れたところ、私の乗車希望日は確かに旅行会社用の日ではなく一般募集日には違いないが、一般のお客様の結婚披露宴用で満席となっていて その日のその便はあいにくご乗車できませんと 丁重に断られてしまいました。今さら日程を全部変更することもできず、「おれんじ食堂」への乗車は諦めることにしました。逆に めったに出くわすことのない「結婚披露宴号」を見せてもらおうと早めに川内駅に入って、発車を見送ることにしました。

平成30年5月12日 川内駅で発車を待つ「オレンジ食堂」号

車内では披露宴の準備が進められていましたが、まだ新婚さんたちは到着していません。

手作り感あるヘッドマーク

ホームには写真やメッセージが飾られ 乗客の到着を待つ運転士、車掌さんも見入っていました。運転士さんに話を聞くと、結婚披露宴として運転するのはこれが初めてとのことでした。そのためか、地元新聞社も取材に来ていました。

カップルの到着を待つ乗務員

「おれんじ食堂」号は(川内⇐)HSOR114Aダイニングカー+HSOR116Aリビングカー(⇒八代)の2両固定編成です。両運車が片運車に改造されています。準備中の車内をちょっと見せて頂きました。

ダイニングカーHSOR114A車内 全席海側向き

この列車の発車時刻は14:52ですが、発車15分前頃に新婚カップルと招待客がホームに到着され、記念写真を撮ったり和やかな風景が見られました。

発車前のひととき

一行が乗り込まれて、列車は定刻に出発してゆきました。しばらくして我々が乗る列車が到着しました。折り返し6140D八代行きとなります。

HSOR109A 平川動物園号 6337D到着

土曜日の午後ということもあってか、乗客はまばらでした。

薩摩高城で6141Dと交換 HSOR117A 鹿児島水族館号

肥薩おれんじ鉄道は電化されていますが旅客列車は気動車で運行され、JR貨物のEF81が鹿児島までコンテナ貨物を牽いて通り抜けてゆきます。この日のこの時間帯にはあいにく貨物列車を見ることはできませんでした。

牛ケ浜で「おれんじ食堂」を追い越した

通常なら「おれんじ食堂」は次の阿久根で約20分停車し、後続の6140Dが追い越すダイヤの筈ですが、この日は特別に一つ手前の牛ケ浜で追い越しに変更したようです。

赤瀬川信号場で8305D 快速「オーシャンライナー3号」と交換 HSOR106A

ラッピング車両が多いなか、肥薩おれんじ鉄道のオリジナル色の車両にようやく会えました。実はこの鉄道の開業前に甲種輸送で回送されてゆく気動車たちを三原で撮影していましたので、14年を経て現地で活躍する様子をやっと見ることができました。

平成16年1月12日 本郷駅を通過する肥薩オレンジ鉄道車両。本郷駅は現在橋上駅となっており時の流れを感じる。

以上 薩摩半島を中心に未踏の地を駆け抜けましたが、好天に恵まれ多くの刺激を受けた楽しい旅でした。

薩摩を旅して(後編)」への2件のフィードバック

  1.  西村 雅幸様
     「薩摩を旅して」前後編拝読させて頂きました。
     いつも西村さんは目的を明確に旅をされること、その課題に関しての緻密なレポートに敬服します。
     お陰様で薩摩半島の鉄道の歴史を振り返ることが出来、自分が行ったことがあったり、仄聞したことに関して「こうだったのか!」と確認が出来ました。
     濱田酒造のトロッコにはびっくりしました。金鉱山の跡を醸造施設にとありますが、ここで醸造もされておられるのですか?地下は温度や湿度の変化が少ないからなのですかね。お味は如何でしたか?機会があれば行ってみたいと思いました。
     ところで、新幹線開通後の在来線の現実は大変ですね。いろいろ考えさせてくれます。旅客列車がなぜ気動車なんでしょうか?管理コスト?どこでも走れるメリットは分かりますが、JR線非電化区間への乗り入れがあるのでしょうか?

    • マルーン様
      いつも温かいコメントをありがとうございます。濱田酒造の金山蔵はまさに恒温恒湿で年中酒づくりができるとのことでした。鹿児島県内各地には焼酎蔵が数多くあって、コンビニでも焼酎しか並んでおらず日本酒は片隅に追いやられており、あっても全国的な銘柄しか置かれていません。宿でも日本酒を頼みづらい雰囲気でした。そんな焼酎王国のなかで濱田酒造は焼酎メーカーではありますが、鹿児島唯一の日本酒も作られていました。「そらきゅう」というものがあるのを今回初めて知りました。酒席で「そらっ」と焼酎を勧められたら断っては失礼で、「きゅっ」と飲み干すためのマイ盃が「そらきゅう」です。ヒモがついていて首からぶら下げておくのです。形ですが、ゆで卵をスパッと半分に切って黄身を除いた白身のような形で、底が球面で自立できません。飲みさしを置くこともできないので、飲み干して首からぶら下げておくのです。薩摩らしいおもしろい盃でした。もし薩摩を旅されたら是非探してみてください。ちなみに私は「それっ」と酒を勧めてくれる人が身近にいないので、「そらきゅう」は買わず、焼酎を買って帰りました。おれんじ鉄道の車両は一部が快速列車として川内から鹿児島中央までJR九州に乗り入れていますが電化線区です。

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