天は我々に忖度したのか! 桜井線行

 一週間前から天気にヤキモキした桜井線行であるが、天は我々に忖度してくれた。14日の朝、桜井線京終駅に集まった面々はほっとした表情である。それもそのはず、薄日が差す天気だから。前日の天気予報であれば朝から雨が降ることになっていたのである。

 全員そろったので、本日の予定を説明する。天気の感じとして、午前中は雨が降らないようなので撮影をすることにした。目指す撮影場所は巻向駅から三輪駅の間である。電車が来るまで京終駅の歴史などの展示パネル見たり、思い思いに過ごす。

まず雨が降ってこないうちに記念撮影を先にすることにした。

 巻向駅に到着、急がないと奈良行の電車が来る。急いで国道196号線が桜井線を跨ぐところへ行き撮影をする。

三輪駅から奈良行がやって来た。

まだ、雨が降らないようなので三輪駅まで撮影しながら歩くことにした。この辺りは古墳あり、大和らしい民家があり、のどかな大和路らしい風景が展開する。歩いていても楽しい。まもなく、三輪駅というところで雨が降り出した。ちょうどおなかが減ってきたので昼食とすることに。そして駅のすぐ近くの店へ。

大きなのっぽの古時計がある店であった。

 三輪駅から帯解駅へ。せっかく、三輪まで来たのであるが戻ることに。地蔵院川橋梁を見るためである。この橋梁は開業当初のものと言われている。事前に調べてみるとボーナル桁橋梁のようだ。ボーナルは明治時代に鉄道技術顧問として来日したイギリス人技術者で、ボーナルが設計したガーター橋をボーナル桁橋梁と言われている。近鉄最古の建造物である道明寺線の大和川橋梁もボーナル桁橋梁である。駅へ戻り、次の電車まで時間があるので各自写真を撮る。次は櫟本駅まで電車で。

 櫟本駅は開業当初の駅舎で跨線橋も雰囲気がいい。さて、駅の北側に多色彩効果を狙った装飾的レンガ積みの橋台があるところで写真を撮ることに。菜の花が咲いている。どうも「前ピン菌」に感染したのか菜の花を入れて撮る人が数人いるが実際に前ピンにしているかどうか、それは定かでない。

 いよいよ天理駅へ向かい、旧線跡を見る。今の天理駅は移設されて高架駅になったもので、桜井線が開業した時は丹波市(たんばいち)駅と言っていた。丹波市駅はその後に天理市(てんりし)駅と改称された。1963年のことである。旧駅は今の天理市市民会館辺りにあった。そして、今の天理駅は1965年(昭和40年)9月1日に近鉄天理駅も含めて総合駅として開業した。我々は天理本通の商店街を通り、最初の四つ辻を右に曲がる。この四つ辻が天理本通の踏切跡で、南への道は線路跡のようである。線路があったようなあやしいカーブをした道である。丹波市駅跡で天理という名前でなく丹波市であったと話をしていると、米手さんは丹波篠山を連想し、さらに連想は続いて次の大河ドラマ「明智光秀」の話に飛んでいく。ところでなんで「丹波市」?ということで調べてみると・・・

 角川日本地名大辞典巻29奈良県によると中世以前は「丹波」と言っていたが中世末期に市場が繁栄して地名が「丹波市」と言われるようになった。ところで「丹波」の「丹」は赤いという意味で昔の米は赤米であることから実った赤い米の稲穂が風にゆらいで波のように見えることから「丹波」となったとも言われている。しかし、いろいろな説があるので本当のところは定かでないようだ。天理あたりが「丹波」と言っていたのはわからない。ただし、興福寺の荘園だったことから赤米を栽培していた土地だったのかもしれない。

 まもなく、旧線の橋台跡に着いた。周辺には桜の木があり満開であれば花見ができるのであるが残念である。天気が良ければ、昼食はここで花見と橋台見物ができたのに・・・もう一か所、橋台跡があるのでそこに行く。どうも廃線跡の所に社がある。気になるので社の正面に行くことにした。

赤い鳥居には「小佐大明神」とある。まん中にある祠の中を見てみると地蔵さんのような石仏がたくさん祀られてある。どうも別の場所から移設したようである。(上の写真は事前調査時に撮影)

 天理駅から貴賓室のある畝傍駅へ行くことにする。かつてお召列車が到着したことをうかがえる立派な駅である。それぞれが写真撮影などをしてから畝傍駅から近鉄大和八木駅へと向かう。大和八木駅はちょうど十字路で京都へ、大阪へ、吉野へ、そして名張から名古屋、伊勢方面と行くことができる。懇親会は大和八木駅すぐ近くで行った。懇親会終了後、各々近鉄電車で帰ったのであるが、京都方面へ帰るメンバーは近鉄特急のビスタカーで階下のグループ席に乗車。グループ席で再び宴会をしたかどうかは知る由もない。

12 thoughts on “天は我々に忖度したのか! 桜井線行

  1. どですかでんさん
    ありがとうございました。
    天が忖度したのは我々へではなく、小鳩のような心を痛めていたどですかでんさんへだと確信しております。
    歩数にして約2万歩、距離にして17km(私の歩幅75cmとして換算)を踏破できたことはますますの自信となりました!

  2. どですかでんさま
    当日は、ご案内、ありがとうございました。宴会を終えて、帰りの近鉄特急のビスタカーの階下席でも、米手さんからご講釈を有り難く拝聴しながら戻ってきました。桜井線と言えば、私にとっては、とくに魅力も感じられない特徴のない線に映っていましたが、イメージが変わりましたよ。さすがに歴史を秘めた線なのですね。天理駅近くの廃線も知ってはいたものの、意外な痕跡がありました。みんなでワイワイ推理する楽しさも、クローバー会のツアーならではでした。桜の下で、どですかでんさんを囲む、こんな雰囲気の写真を貼っておきます。

  3. どですかでん様
    どですかでんさんのユーリーゲラー並みの念力のおかげでほとんど傘をさすこともなく楽しむことができました。桜井線の沿線、ここそこに古墳があって、また奈良の市内とは違って古代の歴史を感じさせますね。趣のある駅、古墳の上からの撮影、今度はちゃんと一眼持って訪問しようかという気になりました。ありがとうございました。

  4. 米手さん、総本家青信号さん、大津の86さん ちょっと華やかさがない桜井線ですが、そこが奈良の鉄道なのです。私も結構知らない所があって、今回の桜井線ツアーの事前調査で知った所が多いのです。近鉄では田原本線も御所線もいいところがあります。米手さん約2万歩になったとのこと。宴会でNさんも約2万歩だったと言われていました。まあ、ちょうどよいウォーキングでよかったです。ところで桜井線の香久山駅はリニューアルされたそうです。そういえば停車した時、以前とは違っていました。旧駅は1913年(大正2年)築だそうです。以前大和三山駅めぐりで写真を撮りました。いい雰囲気の駅だったのに。そんなこんなで次第に鉄道をめぐる風景も変わっていっています。写真は帯解で鉄橋を見に行くところに通じる道を写したものです。道の右側には今にも朽ち果てそうな建物がありました。昨年の3月撮影したものです。

  5. 古墳の上で鉄道写真を撮るとは夢にも思いませんでした。いろいろな経験をさせていただき有難うございました。今回のもう一つの収穫は50年以上の歳月を経て同期の平山さんにお会いできたことです。見学を終えて大和八木での大宴会で平山さんの参加を始めて知った次第です。当時「ペーヤン」と親しみを込めて呼ばさせていただきましたが、DRFCのバッジをデザインされたことでも有名です。平山さんも私のことがよくわからず先輩と思われたようです。京都組は特急列車で帰られたようですが、大阪行き前立腺の悩み持ち組は急行で途中五位堂下車を覚悟しましたが、幸いに乗った車両1223の隣は5104クロスでトイレ付きで助かった次第です。マルーン会長さんは私の下車駅桜ノ宮でもお付き合いくださいました。どですかでんさん事前準備に加えて早速のデジ青報告有難うございました。また、イコカと思っております。これに懲りず宜しくお願い致します。

    • 準特急さん、どですかでんさん
      ご一緒できて楽しかったです。
      ところでペーヤンはたしか古典芸能の大家でしたね?能だったか常磐津だったか鎖がまだったをやっていたように思います。また、近鉄大阪線は前立腺の教祖・大阪通信員さんの根拠地でもあります。ぜひ御参拝をして楽しい同病生活の心得などを聞かれたら良いのではないでしょうか?余談ながら大阪通信員教祖は、最近、4軸交流電気機関車に凝っているとか、特にED75にご執心のようです。

      • なるほど、平山さんは古典芸能の大家だったんですか。納得。ところで「鎖がまだったを」て何ですか。

        • 失礼しました!
          『鎖鎌だったか?を・・』の間違いです。
          お詫びして訂正いたしますが賠償には応じかねます。

  6. しょーむない所に連れて行きやがってと言われなかって良かったです。乗られた急行は伊勢中川発ですね。近鉄は長距離非優等列車があり、しかも関西の私鉄では近鉄しかないトイレ付電車に乗車されてなによりです。私は西田原本から緑の電車で王寺へ帰りました。大和八木から田原本まで平山さんとご一緒しました。近鉄ラビットカーとかの話をしていると気が付いたら田原本でした。皆さん無事に帰れてよかったです。

  7. 遅ればせながら企画・案内して頂いた、どですかでんさんにお礼申し上げます。
    ようやく動画を編集しましたので、報告します。
    手ブレが激しいですが参加者の激写姿や雑音(?)を、お楽しみください。

    https://youtu.be/O3pf4AZdg2A

  8. どですかでんさん、企画・案内本当にありがとうございました。華やかさがないというのが奈良の鉄道や観光資源の特徴ですね、特に同じ古都である京都と比べると奈良の方が古いのに「それが奈良や!それが奈良のええとこや!」ということで納得させられます。桜井線以外にも和歌山線や南大阪線などもこれから訪れたいところです。

  9. どですかでん様
     当日は、若干の雨にはあたりましたが、予想を超える好天!?に恵まれ、充実した一日を過ごすことが出来ました。感謝です。
     京終駅で薄日が差す中で、準特急さんの鶴の一声、「集合写真や!」
    見事な判断でしたね。
     それにしても、皆様方とご一緒するとスムーズにうん十年前にタイムスリップするものですね。賑やかで楽しいですね。
     帰りは近鉄の5000系のクロスシート車で、これもスムーズな前立腺肥大対応が出来、有り難かったです。助かりました。
     天理が丹波市だったとか、櫟本をいちのもとと読むとか、橋脚についてのお話等々大変勉強をさせて頂きました。
     青い105系も今年度限りとか、良く揺れましたが、貴重な経験をさせて頂きました。
     鉄鈍爺さんのビデオ有り難うございました。
     帯解寺はお参りできましたが、三輪神宮のお参りが出来なかったことが残念でしたが、良い思い出が出来ました。
     

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