東西会員交流旅行 ご報告 Part1 遠州鉄道から天浜線へ

今年の秋は雨の多い日々が続きましたが、参加者の皆様の日ごろの行いがいいのか出発当日は雨はあがって秋晴れを迎えました。集合地の西鹿島駅までは皆さんバラバラで向かわれます。総本家さんと私は途中の遠州鉄道での駅撮りをしたいので早めに最寄駅の長岡京から乗車しました。

① 長岡京 7:21(快速)⇒7:31 京都 7:45(ひかり510号)⇒9:05 浜松

▲ 9:21 新浜松で遠州鉄道と天浜線(天竜二俣~新所原)の西1日フリーきっぷを購入、乗換て西鹿島へと向かいますが十二分に時間があります。相対式ホームがある高架駅で降りて駅撮りしながら進みます。どですかでんさんグループと合流です。

② 新浜松 9:24⇒9:26 遠州病院

1002+1102編成に乗車して1回目の下車駅は遠州病院、次の八幡で交換する列車を待ち受けます。

▲ やってきた2003+2103の2両編成は9:30に遠州病院に到着後、新浜松へ向かい折り返して9:39には戻ってきました。
③ 遠州病院 9:50⇒9:52 八幡

八幡2006+2106 の編成と交換です。2回目の下車をすることにしました。

▲ 10:16 2002+2103の編成と交換です。

▲ 10:16 西鹿島行きの1505+1005が来ましたので乗車しました。車内はほぼ座席が埋まった状態です。ラッシュ時以外でもそこそこの利用者がありますね。

④ 八幡 10:16⇒10:18 助信

▲ 10:26 次の助信で下車、交換には1002+1502の編成が来ました。

▲ 10:30 向かいのホームに移動して西鹿島行きの2002+2102を撮ります。

▲ 10:38 再び西鹿島行きホームに戻って新浜松行きの2003+2103を撮ります。

⑤ 助信 10:42⇒10:46 上島

次の曳馬はパスして高架区間の最後の駅上島に向いました。カーブしているホームは唯一です。

▲ 10:58 ホームを移動して西鹿島行き2003+2103を撮ります。

▲ 11:10 4駅で駅撮は終了、西鹿島駅の集合時間に間に合わせるために2004+2104編成に乗車して向かいます。殆どのメンバーが同乗されていました。

⑥ 上島 11:10⇒11:33 西鹿島 

▲ いつもは積志駅北東の側線に留置されていますED28 2号機が今日はいませんでした。替わって西鹿島の留置線に止め置かれていました。検査でもあったようです。

▲ 1925年(大正14年)11月にイギリスのイングリッシュ・エレクトリック 社で製造されたED28 2号機はなんと車歴94年、当初は豊川鉄道などで使用され国鉄飯田線を経て遠州鉄道にきました。現役では最も古い電気機関車のうちの1両で夜間の保線工事や車両牽引に使用されています。

▲ 11:38 西鹿島で構内を撮影後は天竜川に架かる鉄橋で天浜線の撮影です。徒歩約10分、急いで向かいました。

▲ 11:50 スローライフトレインと名付けられているTH3000形TH3501がゆっくりと秋空の下、天浜線唯一のトラフ橋を渡ってきました。TH3000形は3セク化で投入されたレールバスでは多客期の輸送には対応が難しかったことから1995年(平成7年)に富士重工で製造されました。18.5m車で強力な350HPのカミング製エンジンを搭載しています。2両が製造されましたが1両(TH3502)は廃車・解体されています。)

皆さんからもう1本撮りたいとのご希望がありましたが天浜線の運行間隔は約1時間に1本です。次の天竜二股へ行くのには難しいとお断りしましたが、西鹿島駅に戻るとダイヤにはない列車が天竜二俣から入線してきました。日曜日なので貸切列車が運行されたのかと思っていましたら、なんと・・・
▲ 次の天竜二俣駅に掲示されていたお知らせです。宮口駅近くには静岡地酒として有名な「花の舞酒造」があります。駅員にお聞きしますと、丁度この日は新酒味見会が開催されていて天竜二俣~宮口臨時列車が運行されていたのです。このお知らせは西鹿島駅には掲示されていませんでした。また天浜線のHPにも記載がありませんでした。知っていればもう1本撮れたのですが、またイベントに参加もできたのですが、残念です。ちなみに後で運転手にもお聞きしますと、こういった臨時列車が運行されるのは1年を通じてこの日だけのことでした。次回の交流会旅行企画に際には直接に聞いておくことが必要と勉強になりました。

⑦ 西鹿島 12:35⇒12:39 天竜二俣   

▲ 12:39 天竜二俣に到着、転車台ツアーは13:50からですのでそれまでは昼食タイムです。駅では駅弁も売っていました。駅向かいには浜名湖名産のウナギ屋もあったのですが、ラーメン屋に入られた会長を除く皆さんは駅前食堂「十文字屋」で定食を注文されていました。
▲ 13:50~14:30 転車台&歴史博物館見学ツアー、団体の見学客も多数おられて盛況でしたが我々の案内人は下見で案内していただいたお嬢さんではなくお母さんのようでもありました。

▲ 大阪通信員様からデジ青にコメントがありましたEF55形電気機関車の二俣線入線、貴重な写真です。1986年8月9日~10日、沼津機関区100周年での沼津~静岡のイベント列車運行に際して牽引機のEF55 1号機の機回しが必要でした。わざわざ未電化の天竜二俣までDL牽引でEF55 1号機を回送させ、転車台で方向を正して東京へ戻ったそうです。

▲ 全員ではありませんが天竜二俣駅ホームでの記念写真です。大井川鉄道に勤務するT君も車で駆けつけてくださいました。

⑧ 天竜二俣  14:42⇒16:02 新所原
⑨ 新所原 16:19⇒16:57 気賀

天竜二俣からは西方向の起点新所原まで行き、今夜の宿泊地「国民宿舎奥浜名湖」の最寄駅気賀まで折り返しの天浜線乗車を楽しみました。
▲ 宴会での全員記念写真です。諸般の事情により画質を粗めに落としていますが参加者の皆さんには高画質を後程、事務局より送らせていただきます。 2日目はPart2へ続く

東西会員交流旅行 ご報告 Part1 遠州鉄道から天浜線へ」への3件のフィードバック

  1. ぶんしゅう様
     当日はいろいろお世話になりました。そしてこのレポートを有り難うございます。関西と関東の中間で集まろうと企画しましたが、もう少し来られるかと思っていましたが、正直それがちょっと残念でしたね。
     良い天気に恵まれ、充実した時を過ごせたことに感謝しています。
     天竜川鉄橋での撮影、ED28を取り囲んでの侃々諤々等々皆さんの熱心さは変わりませんね。
     天竜二俣での転車台ツアー、あんなに沢山の方々がおいでになっているとは驚きでした。
     奥浜名湖の景色、三ヶ日のミカン畑、掛川に向かっての見事な柿畑に茶畑、深まりゆく秋の趣を味合うことができました。
     10日はホームカミングデーです。沢山の会員諸氏とお目にかかりたいですね。

  2. ED28は48年前の昭和46年11月に遠州馬込駅で撮っていました。スイッチバックの駅で、国鉄からの貨車に受け渡しも行われていたと思います。今回のツアーには残念ながら参加できませんでしたが、皆さんの今も変わらぬ熱心さがよく伝わってくるレポートでした。次なる企画はどこへ?

    • 遠州鉄道は、初めて乗った時、新浜松を発車するとすぐ遠州馬込に着きました。えらい近いなと思っていると今度は反対向きに発車して驚きました。なんでこんなめんどくさい運転をするんやろうと不思議でした。

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