私と勘秀峰さんの二人で行いました写真展「春、そして夏へ~四季をめぐる京都市電」が終了して、一週間が経ちました。ご来場いただいたデジ青読者の皆さまには、改めて御礼を申し上げます。少し時間が経ちましたが、まとめ報告を行って、今後の参考にしたいと思います。
▲写真展の設営をしていた頃、高瀬川の桜は、左のようにまだ咲いていた。それが、5日経った最終日、すっかり桜は散って、上のように、まばゆい新緑になっていた。季節の移ろいを窓外に感じながら写真展ができたのも得がたい体験となった。
写真展が減っていると聞きます。ここ数年の傾向として、ネットを通じた写真発表が多くなり、ギャラリーで展示する写真展は減少傾向にあります。そこへ来て、このコロナ禍、せっかく計画した写真展も、延期・中止を余儀なくされています。困難な条件のなか、昨年11月に続いて、ギャラリーオーナーの理解のもと、勘秀峰さんとともに、二回とも写真展を無事終えられたことに感謝しています。
突然の依頼 昨年秋、別の方面から突然の依頼が舞い込み、京都「高瀬川・四季AIR」において、写真展「秋、そして冬へ~四季をめぐる京都市電」を行いました。たまたまコロナ禍も収束に向かっていた時期で、勘秀峰さんの乗車券コレクションも併催して、同時開催のほかのイベント・展示の相乗効果もあって、三日間の開催でしたが、準備不足にもかかわらず、多くの来場者を迎え、展示を終えることができました。
▲感染症対策を施したうえで出迎えました。A3ヨコ連貼りポスターを格安で製作する方法も編み出せた。
そして二回目 「秋、冬」なんて、次回に媚びを売るようなタイトルにしたものの、私自身はとくにその気持ちは無かったのが正直なところでした。しかし、集客に気をよくしたギャラリーのオーナーから、「次もぜひ」との言葉をもらったのは、一回目が終わって早々の昨年末でした。時期は、高瀬川の桜が満開を迎える、いちばん良い季節の4月上旬の五日間を提示していただき、しかも一、二階とも全室使ってもいいという恰好の条件、さっそくプランニングに入りました。
そこで考えたポイントは
(1)写真だけではなく、ほかの展示も必要。
(2)展示以外にも、何か目玉の企画がほしい。
の二点でした。
(1)は、今回も勘秀峰さんにお世話になることになり、写真の提供のほか、新コレクションも含む記念乗車券の展示、かつて京電木屋町線を中心とした古地図、絵葉書の展示をお願いすることに。
(2)“須田寛さんの話をもう一度聞きたい”、ホームカミングデーで話を聞いて以来、ずっと思っていたことで、今回の目玉は、須田さんに話しか選択肢はありませんでした。ギャラリーのオーナーとも以前に親交があったことも、背中を押してくれ、さっそく須田さんとの打ち合わせを始めました。
▲壁面がいくつもある会場の特性を活かして、壁面ごとにテーマを設定した。写真そのものは新規プリントだが、額、マットはすべて再利用品。カネを掛けずに、見栄えの良い展示をするのも腕の見せどころ。
写真テーマ しかし写真が展示の中心となることには違いはなく、勘秀峰さんとともに、テーマの選定、写真のセレクトに掛かりました。全体のテーマは、「春、そして夏へ」ですから、春・夏の写真がメインを占めるのは当然ですが、モノクロ写真で色彩表現ができないため、春は桜、新緑、夏は水、強い光線がモチーフとなります。ほかにも、今回は「祭りと市電」「賑わいのなかで」「街をゆく」などのテーマを設定、あとは、第一回展示でも行った、当地が所在する下京区を走るシーンや、同一地点の今昔、以前の「河原町丸太町」展の写真をも展示することにしました。
古写真も さらに企画(2)の須田寛さんと事前打ち合わせで、講演内容をお聞きすると、「かな」系統、大好きな600形の話をしたいとお聞きし、関連する写真も用意をしました。
と言っても、私は撮っているはずも無く、こんな時に、クローバー会のネットワークを発揮、故大西顧問、須磨の長老、乙訓の長老からの写真・資料をお借りできて、展示が叶いました。これらの古い写真は、市電を知らない世代に、意外にウケたのには驚きでした。たしかに、私のような高齢者にとっては「河原町線は体験しているけど、木屋町線は知らない」、ところが若い世代は「河原町線も、木屋町線も知らない」のです。同じ知らないのなら、より古さを感じる木屋町線に価値を感じるようで、「木屋町線がなくなって、並行して河原町線ができた」の説明も理解できるのでしょう。▲古写真のなかには、すぐ横を走っていた木屋町線の写真も展示。勘秀峰さんから詳細な説明があって、若い人も納得。
ていねいな説明 最近の写真展の傾向として、解説はできるだけ少なく、写真との対話を重視、極端な例としてキャプションもなし、写真のみという展示も見掛けます。しかし、われわれは手抜きにしか見えません。写真を補足する情報は、多ければ多いほどいいという考えでした。ただ準備不足がたたって、当初の思い通りとは行かないところもあり、そこで来場者、とくに初対面の方にも、できるだけ対話を試みた。勘秀峰さんは、私以上に頑張っていただいて、とくに古地図、乗車券の話をしていただいた。
▲写真だけでなく、さまざまな展示を。お馴染みの系統板も4色そろって展示、右の方向幕も今回の目玉、いつもお世話になっている伏見チンチン電車の会のIさんの特製品、もっと簡易なものと思っていたが、渾身の方向幕ができた。もちろん来場者が回して楽しむことができる。これは錦林車庫のものだが、一年に一回だけ使う「河原町二条」や、臨・団で使う可能性の「いなり」があった。
写真展にご来場いただいた皆さん、ありがとうございました。
総本家様には今回も多大なるご支援、感謝しております。
写真展の場を提供くださったギャラリーのMさんにも感謝です。
京町屋が「市電・京電ハウス」になる夢の5日間でした。
わたし的には一昨年春以来、総本家様と一緒に展示会を行うのは
4度目ですが、この間、公開学習会や原稿執筆があり、
わずか2年余りで、知らなかった知識や情報が集まって
自分の世界が広がるのを実感しています。
これからも拙い知識を自分なりに加工して
皆さんにお伝えできればと思っています。
ありがとうございました。 勘秀峰
勘秀峰さま
誌面での御礼が遅れましたが、ありがとうございました。終わってから二週間近く経ちますが、世の中、またまた事態が変わってきました。ほんと、いい時期にやったものだと思います。ジワーッと五日間の思いに浸っています。また、いつか一緒にやりたいですね。