ありがとうございました。京都市電写真展 

本日を持って、勘秀峰さんと二人の写真展「京都市電が出会った街 河原町丸太町」が10日間の会期を終えて滞りなく閉場しました。お世話になった皆さま、会場にお見えの皆さまに、厚く感謝申し上げます。ご来場者の総数は650人、当ギャラリー始まって以来の驚異的な入場者記録で、あの西利でのクローバー会写真展でも250人程度の入りですから、終日、お客様で賑わい、いっときは十数人がご覧になり、コンパクトなギャラリーは立錐の余地もない混雑でした。皆さん熱心に見ていただき、二人も声を枯らして説明し、嬉しい悲鳴を上げていました。大賑わいの会場、停留場ごとの説明に勘秀峰さんが大活躍

河原町通に面してポスター、立て看板を設置、道行く人も多く入場された。▲▲開場前の静かな展示場、11時が鳴ると、すぐに来場客がご入場。

◎テーマ設定・広報
二人の生まれ育った京都市電の交差点を中心にした、半径300メートル程度の限定した地域をテーマに設定、会場もその地域の中から、理想的なところを見つけました。こんなニッチなテーマで人が呼べるのか、当初は不安でした。そのため留意したのがパブリシティでしたが、幸い多くの反応がありました。全国版の鉄道雑誌も、ローカルテーマに関わらず、依頼した先はすべて記事を掲載していただきました。地元新聞にも記事依頼をしたところ、とくに狭き門の朝日新聞からも「市電は注目浴びてます」と記者さんから連絡があり、写真入りで紹介されました。取材も、毎日新聞は歩いて30秒のご近所さん、京都新聞も馴染みの記者さんは鉄道好きと、好条件が揃って素早く取材に来ていただきました。また地元のミニコミ紙には、本来、公共機関からの連絡に限定のところを、私の知人を通じてネジ込んでもらい掲載され、連日、新聞の切り抜きを手に来場される方があり、その効果を知りました。ギャラリーのオーナーさんも、近所のお店やお馴染みへ、精力的にチラシを配布していただき、事前の告知活動に努めました。
展示内容も二人で企画・検討しました。二人は単なる市電好き、決してプロの写真家でもありません。なら、徹底的に賑やかに、バタ臭い展示を目指そうと、写真以外にも、付近の歴代の古地図、系統板などのグッズ、乗車券・記念券のファイル、関連図書を展示、また途中からですが、来場者の思い出や感想を記入した札を貼り付けるなど、多面的な展示としました。また写真展の思いを記したチラシも用意、これらは、すべて手作りです。格子戸を入ると、巨大な交差点の写真がお出迎え、「河原町丸太町」の電停標識も目を引く。石畳、コンクリート壁を通って会場へ。
◎展示の方法
テーマに合致する候補写真を二人で100点選出、その中から、小テーマごとに分けて、約半数に絞り込みました。俯瞰写真、停留場ごと、人中心など、小テーマには、それぞれ差異が出るようにしました。そこからネガ・プリントをスキャンしてデジタル化、ネットでプリント依頼しました。プリント先は、値は張るものの信頼の置けるところを選定、とくに黒の調子については、色転びのないよう、漆黒に上げるよう注文を出しました。
結果、出来上がりのプリントはほぼ満足の行く仕上りで、現に見られた方から「40年前のものとは思えない、シャープで鮮明な写真で驚いた」の声をいただきました。展示の方法は、金属額は先方から貸していただき、ほかは紙製の額を再利用、またクローバー会写真展と同じハレパネ貼りをして“軽く安く”を目指しました。

女性も多くご来場、びっくりするほど熱心に、キャプションも一言一句ご覧に。▲▲こちらは、母、娘、孫と三代に渡ってのご来場、和気藹々の雰囲気が生まれた。

◎ご来場の皆さま
フタを開けると、午前11時の開場から、それこそ引きも切らずのご入場、うまくできたもので、一人、二人帰られると、計ったように、一人、二人とご入場、皆さん、熱心に、大きな声で思い出を吐露されます。応対する二人も、喋りっぱなし、立ちっぱなし、昼食ヌキで応対しました。
ご来場の内訳としては、ご近所さんが、約3~4割で、いちばん多く占めました。皆さんからは“懐かしい懐かしい、ええもん見せてもらった”と、満足して帰られ、少しでも地元への恩返しができたのかなと思っています。次いで小・中・高の同窓生や会社の元同僚が来てくれ、まるで、町内会、同窓会の様相、ふだん顔を合わせないだけに、嬉しい思いでした。個展より、当然二人でやれば、知り合いの数も倍増する訳ですから、人数の増加につながった訳です。もちろんクローバー会の皆さんも多数来場いただき、またデジ青サポーターの皆さまにもご来場いただきました。ほかのテツの人びとは、知った方、初めての方、それこそ多種多様な方がご来場、熱心な方は4回もご来場、居合わせた初対面の方が意気投合して、テツな話に熱中される場面も見られました。
これだけの人に来ていただき、二人とも大いなる感動に浸っています。すべての皆さんに感謝です。
「つぎはいつですか?」「ひとつの交差点で写真展できるのやったら、ほかの交差点も全部やって欲しい」など、期待・激励の声も聞き、これを糧にして、また新たな境地を開いていきたいと誓っている二人でした。

なかでも嬉しかったのは、子どもたちにも来ていただき、母親とともに、生まれる前の付近の様子を興味深く見てもらったこと。▲▲勘秀峰さん、電車好きの子ども達に分かりやすく説明。

勘秀峰さん作成の明治、大正、昭和三代の付近の古地図は大好評。▲▲外国の方も入場。恐る恐る「This is streetcar…」と言うと、「日本に来た時はまだ市電が走っとって、よう乗ったもんや」と返って来て、びっくり、「この電車、まだ広島で走っとるでぇ」と専門的な話を連発されて、あんぐり。

15 thoughts on “ ありがとうございました。京都市電写真展 

  1. 総本家様と二人の写真展はお陰様で、予想を超える
    多くの来場者にお越しいただきました。本当にありがとうございます。
    アンケート数も114枚と、ほぼ6人に1人がお書きになっています。
    お客さまの滞留時間が長く、写真をじっくりとご覧になる方、
    グッズや乗車券、古地図に関心を持って質問をされる方などで、
    喋りっぱなし、座る間もない日が、連日続きました。
    元市電の運転手さん、市電愛好家も多数来られて、懐かしい写真・資料や貴重な思い出をお聞きする機会に恵まれ、趣味の世界が広がりました。
    そして何と言っても、ご近所さんとの会話を通じて、商店や人の名前が
    どんどん出てきました。友達のお姉さん、別の友達のお母さんなどが
    顔をのぞかせ、51年前の「春日の子」に還ったような気持ちでした。
    懐かしく、満足げな皆さんの表情を見ていると、この写真展を通じて、
    ちよっとは地域貢献ができたのかな、と思っています。

    • 勘秀峰さま
      10日間、ほぼ皆勤で会場入りしていただき、皆さんへの対応をしていただきました。お疲れ様でした。手作りの地図を説明される姿や、そのあとの楽しそうな姿を見て、成功を予感しました。また、多くの中高の同級生、大学のゼミ仲間、またもとの会社上司・同僚、ブログのフォロワーが、勘秀峰さんに会いたい一心で、全国から来られました。勘秀峰さんのお人柄だと思います。なかでも女性の比率が高かったのは、傍で見ていた私も驚きましたよ。

  2. 総本家青信号特派員さま 勘秀峰さま
    長期間・長時間お疲れさまでした。ご盛況だった由、ご同慶の至りです。小生は8日の13:30から1時間ほどお邪魔させて頂きましたが、会場の雰囲気はレポートにあった通り、まさに町内会・同好者の集まりというものだったと感じました。デジ青上でコメントし合ってお知り合いになった紫の1863さまと初めてお目にかかれたのも嬉しい出来事でした。
    懐かしさに癒されると同時に、今後の交流の場を提供してくれたのも、この市電展の意義だと思っています。また地域に拘ったこの市電展は、この種催し物に新たな切り口を開いたものとして、高く評価されるものであるとも感じました。更に次回以降の展示を大いに期待したいと思っています。

    • 1900生さま
      コメント、ありがとうございます。よそよそしい雰囲気では無く、初対面の方とも分かち合える、和気藹々とした雰囲気が会場に流れていたのは、やはり焦点を絞った地元密着のテーマだったからと思います。デジ青で、時に優しく、時に辛辣?コメントを頂戴する、紫の1863さんと1900生さんとの出会いも劇的でした。聞くと、お互い近くに生活圏があったとのことで、またまた盛り上がりを見せていましたね。この雰囲気を、また次に繋げていきたいと思います。

  3. 大変な賑わいでしたね!おめでとうございます。
    素晴らしい写真展でしたが、地元密着のコミュニティを深める素敵なイベントになられたようで、お二人のご努力に敬意を表させて頂きます。
    いつも思いますが、写真の一葉一葉が時代を表し、その風俗、習俗を見事に写し出すものだと感じ入った次第です。
    地蔵盆の一葉、こんな表通りで行われていたんですね!
    お疲れ様でした。

    • マルーンさま
      遠路、ご来場、ありがとうございました。お陰さまで、クローバー会の皆さまにも多く来ていただき、2回、3回と来場いただいた会員もいました。ある時、「マルーンさんから“行ってこい!”と言われて来ました」と、京都市在住のWさんがお見えになりました。聞けば、長年、同じ部署におられたとか。このように、人に紹介されて来たと言われる方が多く、皆さんのお気遣いには感謝です。

  4. 総本家青信号特派員さま 勘秀峰さま
    素敵な写真展を見せて頂きました。ありがとうございました。
    盛会裡に終了されたこと、まことにおめでとうございました。
    早くに伺いたかったのに最終日にお邪魔することになってしまいました。小雨の降るあいにくの天気でしたが、会場は熱心に鑑賞される大勢の方々の熱気に圧倒されるようでした。
    鑑賞される皆さんの往時を偲ぶ言葉の数々で、市電という交通機関が町や暮らしに密接にかかわっていたことを改めて感じさせられました。お二人の写真が、単なる「電車の写真」ではなく、人々や町の佇まいなど、あの当時の雰囲気までも切り取ったものであったことが展覧会の成功に結びついていると思います。
    素晴らしい写真の数々のみならず、勘秀峰さんの古地図での路線変遷の解説も興味深く拝見いたしました。
    ともすれば、鉄道趣味は車両そのものへの興味が中心であったりしますが、このような写真を見せて頂くと単なる懐古趣味ではなく、鉄道と人や暮らしの良好な関係があった時代が、未来に向けて示唆を与えてくれるのではないかと思わされます。

    • 乙訓の老人の甥さま
      昨日は、ご多用のなか、ご来場いただき、ありがどうございました。皆さま、本当に熱心にご覧いただき、写真を食い入るように鑑賞され、文字も一言一句、噛み締めるように読まれていました。勘秀峰さんの手作りの地図も、付近の変遷が分かると大好評でした。鉄道は、言うまでも無く、社会の一員、生活の一部を成すインフラです。ならば、車両だけの記録ではなく、その周囲の街並みや人までも記録すべきだとの思いが、われわれ二人にはありました。その思いが皆さんに理解していただき、賛同を得たことが、今回の写真展の成果だと思っています。乙訓の老人の甥さまは、だいぶ前から存じ上げ、数々のお世話になっていますが、実はお目にかかるのは初めてでした。このような出会いの場であることも写真展の魅力ですね。

  5. 総本家青信号特派員様、勘秀峰様

    写真展、大盛況裡に終了=大成功、我が事(?)のように嬉しく思います。
    総本家青信号特派員様、勘秀峰様、お疲れ様でした。

    成功のポイントは皆様が既にコメントされておられるように、電車だけでなく、それを取り巻く『人と生活』を上手く取り込んでおられる事でしょうね。

    ずっと以前から聡本家さんの鉄道写真には『人』が入っているのに感動しており、ひるがえって『自分はどうだったか?』と大反省すると同時に、もう取り返しのつかない失敗に悲嘆に暮れている(笑)次第です。

    お近くであれば、何はともあれ駆け付けた筈の『写真展』、是非鑑賞したく思いますので、印刷物による有料配布なども考慮していただけませんでしょうか?

    • 河さま
      我が事のように喜んでいただき、ありがとうございます。お書きの“人と生活”は、まさに今回の写真展のコンセプトでした。私だけでなく、勘秀峰さんのスタンスも同様で、二人の方向性が一致したのも大きかったと思います。河さまは悔やんでおられますが、以前、河さまに協力いただき、クローバー会写真展に出展いただいた、京都駅の「富士」の写真も、まさに“人と鉄道”そのもので、私も大好きな写真です。ぜひ何らかの形に纏めたいですね。フォトブックですと割と安価に写真集も作れますから、検討してみます。

  6. 総本家青信号特派員様 勘修峰様
    お二人の写真展が大盛況を収め、成功裏に終了されましたこと、お慶び申し上げます。途切れる間もない来客の応対に奮闘されていましたが、さぞお疲れになったことと存じます。本当にお疲れさまでした。
    米手作一様、1900生様にお会いできたこと、顔見知りの地元の御夫人との再会、会場で出会った初対面の鉄道ファンとの会話など、思い出に残る写真展となりました。市電の写真はもちろん、勘秀峰様が作成された資料の展示は素晴らしく、区民運動会のプログラムは地元の方には懐かしい一品となったことでしょう。素晴らしい写真展を見せていただき、有難うございました。
    高校鉄研のS山先輩と一足違いでお会いできなかったのは残念ですが、お二方と面識があったとは意外でした。世の中は広いようで狭いものですね。ところで、総本家青信号特派員様とは昭和47年1月22日の夜、千本三条でニアミスしていたようです。「京都の市電 昭和を歩く」に掲載の1822を見て、すぐに気が付きました。電停でお客さんを乗せる様子を撮影されていますが、電車の前に立ちはだかって邪魔をしていたのは小生です。すみませんでした。

    • 紫の1863さま
      コメントをいただき、ありがとうございます。快い疲れを残して終了しました。ただ、来週には、別の展示が控えているため、ゆっくりは出来ません。今日から、次の作業の追い込みに入りました。紫の1863さんも意外な出会いがあったこと、ほかの方も同様で、偶然、出会われた方同士が、数年ぶりの再会、と言ったケースが良く見られました。先輩のSさんのことは、私もブログを通じてよく知っていましたし、数ヶ月だけ?後輩だったことも分かっていましたが、勘秀峰さんと、これほどのお付き合いがあったとは、前日まで知りませんでした。世界を股に掛けて活躍されている方が、わざわざ見に来ていただいたのも光栄なことでした。
      さて、千本三条での四条千本大宮線の最終電車、私もバックに中央信用金庫を入れて、バルブ撮影していましたよ。思い出すと、たしかに三脚の前をジャマする高校生がいたことを思い出しました(冗談ですよ)。装飾電車は最終だけでしたので必死でした。始発の壬生車庫前は混雑であきらめて、千本三条まで行き、電停で待ちました。幸い、赤信号で停車したため、バルブで撮影できました。紫の1863さんは、フラッシュ撮影でしたか。

  7. S山です(笑) 写真展、お疲れさまでした。素晴らしい内容、素晴らしい人の輪、感銘いたしました。総本家青信号特派員様、初めてお話しできて光栄でした。勘修峰様、ほんと、久しぶりでしたね! お二方とも、今後ともよろしくお願いいたします。紫の1863さんとは入れ違いで残念でしたが、昔の写真を見ながら、写真ばっかり撮ってた(今もそうか?!)M高時代を思い出していました。次の機会を楽しみにしております。

    • 芳名録にS山先輩の名前を見つけてびっくり!
      「むかし鉄・いま鉄な日々」は拝見していますので、精力的に世界中を駆け巡っておられるのは存じ上げております。
      ここはDRFC‐OB会のサイトなのであまり出しゃばらないように、とは思いながらもM高鉄研の面々が再びここで集うことに感動を覚えています。

    • 品川530さま
      あの品川530さまに直々にお目にかかれたこと、たいへん光栄でした。私のことは、きっとご存じないと思っていたのですが、聞きますと、高校生の時代から、雑誌を通じて私のことをご存じだったこと、またデジ青の読者で、最近の投稿もよく熟知されていたこと、ホントに驚きましたよ。写真展へのお褒めの言葉も、恐れ入ります。
      紫の1863さん、乙訓老人の甥さまともども、M高鉄研の同窓生に来ていただいたことも奇遇でした。
      いまもその感動の余韻に浸っています。今後もぜひ京都で皆さまと歓談できる機会を作りたいものと思っています。

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