お待たせしました!秋保電鉄

一ヶ月あまりパソコンが使えない環境へ出張していました。この間のシリーズを順次掲載します。

帰ってきて投稿欄を見たら長老様方が寂しそうに海外型の話などで無聊を紛らわせておられるのを見て思わず落とすひとしずく!

秋保電鉄に関しては、昔ピクトリアルに廃止した車両をトレーラーに乗せて運んでいる写真が出ていたのを覚えております。

それでは須磨の大老様、乙訓の長老様、よろしくお願いいたします。

5 thoughts on “お待たせしました!秋保電鉄

  1. 米手作市さま、以前投稿した以上の思い出が残っておりません。申し訳ありませんが、手も足も出ずと言ったところであります。ごめん!

  2. 乙訓の長老様、
    当てが外れました。あとは須磨の大老様と藤本先生に期待するしかないのでしょうか?

  3. 今ほろ酔で帰宅しました。老人が半世紀前に見た思い出をコメントしておりますので、それ以上の事は遠慮しています。ただ一つ言えるのは、伊予の8号車は1932年出会ったとき、すでに休車扱いで古町庫の一隅で惰眠をむさぼっていたました。その2年前の1955年は車庫にいなかったので、市内を走っていたのでしょうが、フィルムに記録がありません。今後、ご要望にお応えできない時は、このような事情があるのだと、ご了承お願いします。

  4. 昨夜、ほろ酔いのためコメント2行目、昭和32年のつもりが1932年となっておりました。皆さん申し訳ありません。何時も老人から話題を提供するではなく、どなたかの話題提供にぶら下がってばかりで情けない思いで一杯です。半世紀前の事は一枚の写真で何か思い出すのに、最近の事はさっぱりです。せっかくパイプの補修工事をしたのに、との思いがありますが、皆さんにすがりついて余生を楽しく送りたいと思っています。デジタル元祖青信号は皆さんのものです。先日、事務局から投稿方法などの解説、手引きとなるものが送られたようですが、指1本あればPCに文字打ち込みが出来るのは、愛読者の貴方も御存じの筈です。老人は4年前のGWに息子にPC等を買わせ、その場でインターネットの申し込み、6月7日接続、介護士1号に連絡、そして2~4号にご来宅頂きヨチヨチ這い出し、いまだに自立できずです。遠く関東にも介護士5号を得て、象と盲人の生活を続行中です。デ元青の画面をオープン出来る貴兄は、コメント送信からお始めになると話の輪に参加でき、若さを取り戻すことが出来るのです。見ているだけでは駄目。DRFC現役時代、徹夜でガリ版切っていたことを思い出しましょう。そして手を黒くして充実感に浸った筈です。お待ちしています。

  5. 乙訓老人が書くことに窮しているとあらば、須磨の爺やが禿筆を以って書き加えることなど出来るわけもおまへん。申し訳ないが、かつての秋保電鉄と、伊豫鉄道市内線で写真も出し尽し、中国から睨まれ、圧力をかけられ萎縮してしまった民主党政権みたいに、手も足も出ない達磨状態であります。お許しあれ。残る頼みは藤本哲男氏のみ。

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