【15135】阪神電車3011および5200系

久しぶりに投稿します。3012他3011系編成、梅田行き特急の後部です。
手ブレの写真、おまけにフィルムの痛みが酷いものです。
本線甲子園-久寿川間、1961年2月19日。

5216+5215神戸方面に向かっています。前部です。
行き先、列車種別共に表示がありません。
同上区間、同じ。
解説を、詳しい方にお願いします。

5001(初期)型(通称アマガエルとか)の写真は、持ち合わせがありませんでした。

追伸
3月以来、超多忙で本誌投稿がままなりませんでした。
10月にそれらから解放されました。時々投稿を再開します。宜しくお願いします。

阪神電車3011および5200系” への5件のコメント

  1. tsurukameさん、河さんのご要望にお応え下さりありがとう。
    老人も3011を始め5001、並びに5101、5201の伝法線での試運転を撮りいったネガフィルムを富士写真店に形見分けのつもりで渡しましたので、探してもらおうと思っていたところです。その前に高橋弘さんにプリントしてもらったものの一部がクローバー会メイトにプレゼントしたような記憶があり、尋ねてみようと思っていました。
    ジェットカーの登場はラビットカー以上に強烈なインパクトを鉄道界に与えたと思います。
    西洋お化け(3011形)や赤胴車の性能をフルに発揮させるために、阪神間の駅数では路面電車並みであるのに、50分前後で走り抜けたのです。2ケ所で特急、急行の2重退避をする羽目になり、数年後ダイヤの大幅な手直しを余儀なくさせられた車両でした。
    ラビットカーよりスタートダッシュが素晴らしく、それの繰り返しで乗客を驚かせたものです。
    姫島駅近くに知人がおり、この話を居酒屋で良く話題にしてくれましたが、先年亡くなりました。若い頃、尼崎車庫で床材の張り替えをしていた床貼り職人でした。

  2. 上の丸々した特急は、冷房など予想もしなかった当時、ドライアイスによる不完全冷房?を計画していたと聞き及びました。柱類の中空を利用して冷気を送る発想だそうですが、モノにならず断念した由。そのせいか連結面側は戸袋で、夏は暑くて暑くて、という電車になったんだそうで。そういえば須磨老人も梅田西方で地下から出るところで1枚だけ撮った記憶がありますな。

  3. tsurukame様
    待ってましたこの写真! 阪神が一番面白かった頃でご自慢の小型車にジェットカーや赤胴車、それにこの特急車。私も3011は撮りましたが、外観は2ドアではあったものの残念ながら正面を不細工な3枚窓に改造されていました。阪急神戸線は810のクロス車がありましたが、続いて生まれた1000系列はロング。3011の方があの当時の特急らしいスタイルで1枚上。阪急神戸線の特急は梅田~三宮間で十三、西宮北口の2停車でしたが阪神は梅田~三宮間の停車駅はどうでしたか。ノンストップと言うことは無かったでしょうね。とにかくtsurukameさんが長い冬眠から目を覚まされたことを嬉しく思い、ご活躍を期待させていただきます。

  4. tsurukame様

    そう、そう。これです。特急はこの車です。
    ジェットカーの元祖5001は実見しないままでしたが、これは2度ほど見た事があるので懐かしいですネ。
    写真はヘッドマークが無粋な四角板になってしまった後のようですが、当初は国鉄急電に対抗して?両腕を左右に広げたような横長のもので、真ん中の円内の『特急』標記以外は銀色に輝いていて迫力がありました。

    この時代に丸い前面に合わせて湾曲ガラスを使ってましたし、確か後位妻面の窓ガラスは車体のRに沿って側面まで回り込んだパノラマウインドウ風になっていたと思います。斬新さにこだわってたんでしょうね。

    お写真ありがとうございました。

  5. 高橋弘さんにプリントしてもらった阪神電車、総本家さんの手元に保管してあることが判明しました。電子送信の準備をお願いしていますが、きっと応じて下さると思っています。
    用意が出来ましたら河さん、クローバー会の方でご希望の方への送信をお願いしておきます。

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