江若の残骸写真に乙訓ご老人のコメントを頂いたが、烏丸車庫では300型ばかりをご覧になった由。9月に後期高齢者に仲間入りし、余命いくばくかと指を数えだした老人も烏丸車庫で主として200型廃車群を見ているので、乙訓ご老人の少し前かもしれない。ネガカバーの日付の入った部分がちぎれて撮影日が分らないが、恐らく1浪中で、烏丸鞍馬口附近にあった近畿予備校に通学中(というと聞こえ?がいいが、殆んど登校せず、映画館に入り浸り、あるいは撮影に勢を出していた。ただ奈良本辰也門下の若い教員による日本近・現代史は欠かさず聞いたが、受験には全く関係ない)であろうから、1955年―56年前になる。なおこの時点まだ300型は現役で、同日にも営業運転中の302を撮っている。
これが木製客車なら1両ずつ撮っているんだが
526の後は300型であろう
これはおまけ
この烏丸車庫跡もいまでは一部がバスターミナル、あとはショッピングセンターに成り果てた。