今日は鉄道の日ですね。私の旅行日記も少しずつ、鉄道発祥の地へと近づいてまいりました。それでは、5日目の様子をお届けいたします。

高崎にて並ぶ211系電車。
8月25日(日)
燕三条 9:11 ― 229M 東三条行き → 東三条 9:18
東三条 9:42 ― 432M 長岡行き → 長岡 10:09
長岡 10:34 ― 1732M 水上行き → 水上 12:56
水上 13:17 ― 740M 新前橋行き → 新前橋 14:10
新前橋 14:12 ― 630M 高崎行き → 高崎 14:22
高崎 15:36 ― 1899E 小田原行き → 籠原 16:10
籠原 16:13 ― 2847Y 快速 平塚行き → 渋谷 17:38
燕三条は在来線ホームに改札が無いため、新幹線改札で入鋏印を押してもらいました(前日に新幹線改札の駅員さんに確認済)。昨日は暗くて見えませんでしたが、在来線ホームの前は水田が広がっていました。

弥彦神社への乗換駅にちなんで、鳥居が飾られている。(燕三条にて)

地下鉄東西線と京津線びわこ方面はお乗り換えです。(※大嘘)

長岡には、観光列車<越乃Shu*Kura>が発着。
東三条からの列車は旅行客で少し混み合っていました。車窓には越後平野の水田が広がり、新米が待ち遠しく感じられたものです。時折、新幹線の高架と接近するということを繰り返しつつ、終点の長岡に到着です。乗り換え時間の間に、New Daysで昼食と名物の笹団子を購入。再びホームに戻ります。ここから乗る上越線は本数が少なく、すでに多くの人が列車を待っていました。やって来た水上行きは2両編成で、座席はすぐに埋まりましたが、あえて前方のロングシートを選択したので、座ることができました。次第に山が近くなり、いよいよ山越えだという実感が湧きます。越後湯沢を過ぎ、いよいよ上越国境に差し掛かります。外の様子はあまり見えませんでしたが、ループ線や長大なトンネル、谷に架かる鉄橋は迫力がありました。また、トンネルを抜けると窓が曇ることも印象的でした。

上越国境を越えてきたE129系普通列車。左奥にそびえる山は谷川岳。(水上にて)
水上からは、211系の普通列車で山を下っていきます。眼下には関東平野が広がり、その広さに圧倒されました。新前橋で両毛線から来た高崎行きに乗り換えです。この日は高崎祭りの開催日ということで、列車は非常に混雑していました。また、高崎駅構内も多くの乗客で溢れかえっていました。高崎ではSL<ぐんまよこかわ>号を見ましたが、ホーム上はあまりにも人が多く、お世辞にも治安が良いと言える状況では無かったため、後部の電気機関車を撮影し、15時36分の小田原行きで高崎を後にしました。この時後部に連結されていたEF64-1053号機はこの年の9月に営業運転を終了、今年の5月に廃車回送されたため、記録できたのは幸いでした。(続く)

高槻市の隣のかんまき?いいえ、“かみもく”です。

SLに合わせて、一部の駅名標は特別仕様。

SL<ぐんまよこかわ>号の最後部に連結されていたEF64-1053。1ヶ月後に引退し、今年5月に廃車。







岡山好きの元京都人様
「渋谷」という文字が見えました。ここまで来ると、一気に距離が稼げそうな気がしてきました。
上越線といえば土合駅を連想します。
奈良の駅名研究家様
おっしゃる通り、都市部に入り列車の本数も増え、一気に移動できました。
土合駅、良いですよね。今回は上り列車であったため、地上駅を通りましたが、今度は新清水トンネル内にある下りホームにも行ってみたいと思います。
岡山好きの元京都人様
水上のE129系の写真を見ますと上越線の直通列車がなくなった後は必ず乗換えを余儀なくさせられたことを思い出します。2001年12月16日の同じ位置の写真です。右は折り返しに新潟行きのクハ115-1052が左は折り返し高崎行きのクハ115-1028です。この辺りも最近はクマの出没も報じられています。
準特急様
懐かしいお写真ありがとうございます。10年近く前までは、このエリアでも115系が当たり前のように活躍していただけに、なおのことその時代を見てみたかったものです。私が出かけたのは夏でしたが、冬は結構雪が積もるのですね。雪の中の115系電車、なかなか格好いいですね。
クマの出没は心配ですね。安全に生活や旅行ができることを祈るばかりです。
岡山好きの京都人様
上越国境を越えると新潟側はドカ雪、水上はまだ雪がありますが渋川辺りまで徐々に減っていきます。高崎まで来ると東京と同じ天気で晴れてきます。奥羽本線、今では山形新幹線ですがここの板谷峠の雪も同じような傾向が見られます。長野の信越本線も直江津からの列車は吹雪の中を走っても豊野に降りてくると雪がなくなります。勾配の多い日本の鉄道の特徴だと思います。工事に携わった先人には頭が下がりますが旅人には楽しい地域ですね。こういう場所で読書したりスマホやっている人間はアホやと思います。
準特急様
おっしゃる通り大雪の景色から、トンネルを抜けるごとに雪が減っていく景色や、反対に川端康成の『雪国』にあるような「トンネルを抜けると そこは雪国であった」という情景は日本らしいと言えますね。
私の場合は、北陸トンネルの前後で雪の量が変わっている姿を見ると同じように感じたものです。いずれにしても、難工事を経た歴史があるからこその景色であるということにも目を向け、感謝したいですね。
長く乗車していませんが、上越線上り線は国境越えに相応しく、季節を問わずいいですね。
ところで、冬の上越新幹線もいいものです。下り電車が高崎を出て長いトンネルを抜けると、上毛高原駅手前でわずかな時間ですが、高い位置からの素晴らしい景色が右に展開します。広い関東平野、日光方面の山々、そして利根川対岸の河岸段丘をゆく上越線。
上毛高原駅から上越線後閑駅まで町歩きを目的に歩いたことがあります。下り坂約40分,。最近は隣の沼田市街でクマが出たとか。
かつて、上越国境をゆく夜行列車があった頃、EF58のつらら切りの上に大量の雪を載せモンスターのような雪まみれの上り客車列車が空っ風の関東平野を上野に向かう光景、感動ものでした。
高田幸男様
これでっしゃろ!
1980(昭和55)年1月19日大宮駅到着のEF5886[高崎第2]の急行「鳥海」。大ピンボケですが雰囲気だけは味わえると思い出しました。
このときは、半ドンの土曜日から日曜日朝にかけて、スーツ姿での撮影行だったこと、思い出します。
写真ありがとうございます。
高田幸男様
国境越えの列車の旅はやはり魅力的ですね。上越新幹線は未乗ですので、次は新幹線にも乗ってみたいと思います。
雪があまり降らない地域に雪国からやって来た長距離列車が、雪を積んでやって来る姿は私も感動します。冬の京都駅で、床下いっぱいに雪を着けたの姿を見て、北陸の地に思いを馳せました。