「また来てね」の写真

KAWANAKAです。

しばらく東京で仕事をした後、関西に戻って和歌山にいましたが、高槻のトレインビューの我家に無事戻ってきました。

何の記事かな?と思われますでしょうが、小生気になっていたことがありました。実は前の写真展で、「また来てね」というタイトルの写真を出しました。この写真は昨年の秋に仕事の帰りに小港鐵道を訪問し、日が暮れるまでの僅かの時間を海士有木の駅(ここまでしか時間的に行けなかった)でロケ/その間の時間つぶしをしたときに撮ったものです。

そのとき時間があったので、駅の業務委託を受けているおばさんと世間話、打ち溶けましたが、帰りの車窓から見ると手を振っているのが見えたので、瞬間的にシャッターを切りました。準特急先輩がこの写真は写真展決まりや、と言い、福田氏などの選定もあって「また来てね」の写真となったのだが、せっかく写したのであるのでお渡ししたいとずっと気になっていました。

たまたま出張で午後に時間ができたので、6ツに引き伸ばした写真を海士有木まで持って行きました。行ってみるとおばさんがいません。「このおばさんは?」と写真を見せて聞くと「交代でもうすぐ来ます」とのこと。待つこと10分。中村さんというおばさんが現れ、話すうちに次第にそのときのことを思い出してきました。写真を撮られるのは好きではないが、だいじに額に入れておきますとのこと。販売機からジュースやコーヒーを買ってきて精一杯の接待?をしてくれました。

たった、それだけのことです。次の上り列車で五井経由都内に戻りました。また手を振っていましたが、今度は写真を撮りませんでした。半日使いましたが、肩の荷が降りたような気がしました。今度は本当に「また来てね」と言っていました。

投稿するような高尚な内容ではありませんが、鉄道を通じて触れ合ったひとつの出来事としてUPしました。掲示板には写真展の写真がありませんが、「また来てね」を掲示します。瞬間に撮ったので拙写ですが、家に飾ってもらえているとしたら幸甚です。

4 thoughts on “「また来てね」の写真

  1.  「また来てね」の主役中村さんとの再会?ほのぼのとした情感溢れる素敵なお話を有り難うございました。
     
     鉄道は人や物を運ぶもの、その鉄道を舞台にヒトが生み出す様々な光景、それにさりげなく焦点を合わせ見る人の心を動かす。その作品の数々素晴らしいですね。

     以前に投稿された中央線でしたか、単身赴任のお父さんを見送られるご家族、特に坊やの表情や視線、何かじーんときました。2月の写真展で電車の窓を独り占めにご満悦な坊やの「僕の阪急電車」大好きです。

     これからも優しい目線での作品を楽しみにさせていただきます。

     ところで、レンゲ畑に佇む若き日のどですかでんさん。レンゲ畑の美しさとこの方が誰か今日分かりました。

  2. kawanaka_t様
    この話は最近とかく忘れられている人と人の心のふれあいを感じます。素晴らしいコミニュケーションの話ですね。kawanaka_tさんらしい人情味あふれるいい写真です。このような写真は昔もありましたね。覚えていますか。C51やC55のふるさと肥薩線吉松駅前のみなとや旅館の女将さんとの記念撮影。どうされているかな。

    マルーン様
    今晩は。先日、ぶんしゅうさんの帰朝報告会に参加されたとか。私も2日大阪森ノ宮のホテルKKRで今津線沿線にある高校の同窓会に参加してきましたが、今津線を舞台としたテレビドラマの話題で持ちきりでした。たまにはデジ青に主役で登場してください。

  3.  準特急様

     昨年4月封切りの東宝映画「阪急電車=片道15分の奇跡=」のことですね。
    小林にお住まいの作家有川浩さんの小説が映画化されたもので、今津線沿線各駅でドラマがあり、沿線に住む者としては身近な場所が舞台の映画が出来ることは、嬉しいものでした。

     映画では撮影当時原型に近い3058の6連が行先表示板を付けて走りますが、その姿は今ではもう見られません。
    宝塚ホテルが発売した、その3058をデフォルメしたパッケージ入りのドーナツが大好評でした。

     映画の内容等は検索サイトでご覧下さい。

     きっと、「そんなことは分かってるワイ」と仰るかと思いますが、お許しを!
    つい嬉しくなって書いてしまいました。

  4. マルーン様
    このドラマは録画しましたが、仁川を拠点に小林、逆瀬川、甲東園と通いましたのでそのドラマの内容よりもマルーンさんご指摘の3058等車両や駅が写るとそちらの方が気になりました。2日の同窓会参加者には宝塚ホテルに永年勤務した者(宝塚市野上在住)も居ましてドラマのスタッフ等々が泊まった話など自慢されていました。また、高校のクラスの恩師は丹波篠山鳳鳴高校の出身で今も武庫川上流付近に居を構え野良仕事をされています。
    ところでマルーンさんも一時お住いであった仁川にはDRFC関連では巻頭写真の893-2さん、かつて宴会の発声で名を成したMさんがお住いです。また、京阪電車の運転士を経験され、記録写真を本にまとめられたNさんも仁川だと伺っております。

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