薫風のころ

人間界が大騒ぎしている中でも季節は移ろっていく。水鏡もお開きになったらしいので、またまた東(あづま)の国から、話題性がない季節感だけの写真でありますが、「それでも走っている」写真を以てこの季節を終わりたいと思います。本当は客車急行が走っておればサイコーであるが(別に急行でなくてもええが)、仕方がありません。
実は、どですかでん氏のような鯉のぼりの写真を撮りたい、とうろついたのでありますが、この田舎の千葉県ですら?去年も今年も見当たらない。そこで、もっと鄙びたディープチバに行ってくる、と申告したら、「自粛っ!!」と叱られて遠征に行けず鯉のぼりを泳がす仕事がない薫風を写しにチョイ出することにしました。

先ずは、自宅から急いで3分。12時2分前に通過する鹿島貨物。自宅近所からは水鏡は見えないが季節感は味わえます。電機のモータ音が聞こえると木陰から貨物が飛び出してくる。踏切のカンカンが聞こえ、モータの唸りが聞こえて来たらカメラを構えます。この場所は秋も落花生の刈り入れがあってそれなりに風情があります。来たカマは原色(風)で、同じカマが鹿島からの帰りで17:12通過。帰りは線路の反対側で水鏡を狙おうと思います。

水鏡を、と思っていたが何と水が不足。おまけにコロナのせい?で荷がない。これでは水鏡をと期待(していないかもしれないけど)に応えられないので、自宅から6分位の土手を降りた水田から撮りなおしました。この日も原色(風)。帰りの便も撮ろう。なぜか帰りの便は同業者は見たことがありません。

また、老人パスを利用して物井にやって来ました。例のおにぎりと今日はゆで卵2つ、おやつソーセージを持ってきました。ここは水田が多く、水鏡にもってこいです。赤と白が水面に映えます。ボディーが故障し7000円で買った中古ボデイーの旧型ミラーレス、3コマ/秒で連写2コマしかできない私と同じような老カメラが活躍します。

(オマケ①)薫風はどこに?ということになったけど、薫風に誘われて赤ちゃんを卒業したての坊やと出会いました。そのうちの数コマの1枚。大きくなったら絶対鐡ちゃんになると思います。おとうさんのバケツにはザリガニが3匹ありました。「沢山獲れたでしょう」、「私も沢山撮れましたよ」。本日は風薫る日、頬をそよ風が撫でて行き気持ちが良い日です。

(オマケ②)かきつばた
以前にかきつばた(と思う)を見つけておいたので、水鏡とのコラボを狙います。獲物は乗客が殆どいないザシ通勤特急。佐倉の鹿島川鉄橋であるが、なぜか何回来てもここだけ波がある。撮り終えると工事のおっさんが来て、「土手嵩上げの工事するさかいに、立ち入り禁止になるで」。洪水対策やから致し方なし。とうとう水鏡撮れずに終わりそうです。釣り人を入れた写真も撮れなくなりますね。ちょっと残念です。

春を送る(春の心情)

写真をもう、桜の季節は去ったと思う。関東の桜は早く終わったのだがTVで競馬中継を見ていると仁川の阪神競馬場の桜が満開を過ぎようとしていた。そうか、関西はまだ桜が見られるんや。風が緑色になってくる前に、今年は盛大に祝うことのできなかった春を総括したいと思う(これを投稿している時期はこれより少し後で、季節感は一致しなくなりつつあります。スミマセン)。
Wakuhiro氏、総本家青信号特派員氏をはじめとして諸兄から桜を拝ませていただいたが、東のはずれの国からも、投稿の話題性は全くないけれど、デジ青の書面を汚してやろうと思った次第。東の国には、ひのとりはいない。でもこんな片田舎でも季節だけは訪れてくれる。せっかく春が来てくれたのであるから、都内の人ごみの中をうろつくわけにもいかないでしょうと家族から強く言われているが、いつものように拙宅の廻り、千葉県りをうろついてみた。
そういうことで、単純に春が来て、Stay home言っている間に過ぎ去ってしまった春を偲んでみたい。最近のロケの条件とは。
・場所:千葉県内、原則として拙宅近所か駅近、最低でも数分で歩ける場所
・時間:朝の通勤時、昼ごはん前の一瞬の時間、昼くらいからの少し遠出
・交通機関:歩き、老人優待バス券(乗り放題半年で16400円)、JR近距離のうち2つ以内の組み合わせ(車は家族から禁止されているので26万キロ走った〇〇も昔に売り飛ばして保有していない)。
・食料:昼に掛かりそうなときは、塩昆布を入れたおにぎりを自作携帯し、お茶の入った象印(トラではなくゾウ印)水筒と非常用のティッシュ!、ビックカメラのビニールのレジ袋(腰掛代用)、タオルを小型のリュックに入れて出かける。途中にコンビニもない場合がほとんどなので、おにぎりがなくなったら帰宅。
という、ヌルイ撮影ロケである。撮らねばならぬ目標は無いとは言わないが、どうしても取り損ねて深刻な問題になることはない。命があればまた出かければ良い。しかし桜は撮らねばならない。年寄りにはこれで良いのだ。
■春の予感
暖冬で春がうんと早く来そうだという。こっちの都合もあるが、彼岸には関西に不要不急と言うことで帰れそうもない。そんなころに、靖国神社が開花したとTVに写った。とにかく、動こう。

拙宅の坂道を下ると総武本線の横の畑にでる。梅が咲いているのを見つけた。千葉県は都内より12週間春が遅れるので、まだ梅である。梅の花は配置が思うようになっていないことが多いことと、意外高いところに咲いているので、どうして撮ってやろうか悩む。おまけにどぶ川の横と言う勝手な場所に咲いている。
ここは30分ヘッドで成田エクスプレスが来る。丁度、佐倉の辺ですれ違うことが多いので2回連続してチャンスがある。詰まらんE259系と言うなかれ。赤白の色の配合は写真写りには最適なのだ。花にピントを合わせたいが深度が浅いので仕方なく一輪だけに合わせ、後はこの辺に来た時に1回のシャッタで決めてやろうと思う。小生のカメラは初級機で連写がたった3コマ/秒と劣ることと、電車の速度が速すぎるので1発で決めるより仕方がない。果たして、真理は寒梅の如し、となったかどうか。昼ごはん時間なので、これにて帰宅。次の週に来てみるともはや咲いている梅花はなかった。ロケは春の初めに間に合ったらしい。
■桜を待つ(開花前らしい)
長い間、物井(総武本線)に行ってなかった。老人バスパスで物井に行ける(570円節約になる。JR使えば390円。いずれも片道で)便があることが分かった。菜の花は千葉県の県花であるが、これに加え桜が咲いているかも知れないと思い、おにぎりを作って出かけた。大カーブの線路わきには同業者が何人かいるが、小生が向かった川の土手には誰もいない、まだ季節が早いので草むらから長いものも出て来ない、従って草むらにも安心して入れる。まだ桜の影も形もなかった。千葉県は都内より1~2週間開花が遅いのである。仕方ないので菜の花を入れてE259系を撮る。春の雰囲気。ここまででも歩くのが面倒なので、今年は桜撮影の再訪を諦めた。

線路わきのつくしんぼう。春の訪れの代表格であるが、あんまり写真には出ない。ここの場所はつくしが生えていないのであるが、少し前に見つけたのでついでに古い写真であるが載せた。

帰りのバスの時間が近づいたが鹿島貨物が来る。これを撮っても帰りのバスに乗れると思ったら、なぜか少し貨物が遅延。勿体なので撮ってからバス停へ急ぐ。昔なら余裕で歩けたはず。案の定、この足では間に合わず。次のバスは2時間来ない。仕方なくJRで帰る。完全無料で予定したロケが190円掛かった。撮影料は支払ったことになる。喉が渇きゾウのお茶を頂く。ギリギリお茶が無くなったが追加のドリンクは買わなくいて済んだ。金額ではなく、無料でロケという目標が崩れたのが悔いに残った。ついでなので、その貨物。よくみんなが撮るカーブの内側からではなく、外側からの写真で、こちら側は元の総武本線の路盤跡があぜ道として残っており、長さ2mほどの溝に架っていた橋梁(と言うほどではない)の鉄骨が放置されている。鉄骨といってもチャンネルを背中合わせにリベットで止めた2本の梁がコンクリートの擁壁に残っているだけである。

■桜が咲きました
StayHomeを無視して、というよりか、このときは未だ、この外来語が流行っていなかったので、仕事を放り出して八丁堀の仕事場から都電を見に出た。
都内は平日でも当然人は多いが、桜だけ見て地下鉄が混まないうちに高田馬場から帰ることにした。

■千葉県の桜
ローカルな話で恐縮であるが、千葉県では小湊鉄道(といすみ鉄道)が桜とコラボした写真を撮ろうとする同業者や「この時だけ鉄」チャンが名所に押し寄せる。人ごみは困るが鉄のある花見をしないと心穏やかでないので、昼前におにぎりとゾウの水筒、ビックカメラのレジ袋を持って出かけることにした。3月末であったが、桜は満開である。しかし、いつもはこの時期混んでいる小湊の列車も今年は単行でしかもガラガラであった。
五井の駅では切符売りと案内をしているおばさんがいる。このおばさんは、小生が以前写真を写真展で展示した「また来てね」のおばさんであるが、すっかり顔なじみになって、券売機からでなく、対面で切符を購入した。「リストラに合わず、ここで使ってもらっていて有難い」と。小生は小湊鉄道に限らず、特にローカルの鉄道の場合は出来るだけ切符を購入して、要するに歩きで撮影するようにしている。車の有無ではなく、撮影させてもらったお礼である。今回も駅から1分以内で撮影をして、おにぎりが無くなった時点で引き揚げた。世の中がどう変わっても桜はちゃんと忘れずに咲く。降り立った海士有木駅はおばさんが最後に勤務した場所であるが、台風で屋根が破損し、ブルーシートのまま。ブルーシートの錘の土嚢から草が生えて屋根が草原になりそうである。横の木造の倉庫も屋根と壁が破損し、内部がうかがえるが放置状態である。ここに限らず、中小私鉄には苦境を乗り越えなんとか生き残ってほしい。僅かではあるが運賃で撮影させていただき感謝。撮影は海士有木駅と馬立駅、ともに徒歩秒速。

■拙宅あたりの菜の花
拙宅から総武本線の土手まで数分なので、気が向いたら1日最大3回サンダル履きで出かけることがある。12時の下り、14時の上り、17時15分の上りの鹿島貨物の3回である。朝の5時の15分は早朝過ぎるので普通は出向かない。貨物以外に撮れるのはその前後に通る総武横須賀のE217系、E259 系、E209系、255・E257系だけである。どれも話題性がないが、そのうち必ずなくなる時が来るので 適当に撮っておかねばならない。
さて本稿で言ったように菜の花は県花なのでこれを写し込ねばならん、と思っているのでこの日もその時間になるとふらっと出かけることにした。
まずは、12:00の73レ鹿島貨物。この時間になると線路わきにへばりついている同業者が必ず何人かいるが、その反対側に菜の花の群生を見つけた。ここから写真をとる人間は滅多にいないので、場所を取り放題である。へばりついている同業者も見えない。
ついでに、滅多に写真の対象にならない?と思われる総武快速E217系 。成田寄3両がセミクロスであるが、近々に山手線E235 系由来のオールロングの車両に置き換わる。撮っておいて損はないと思うが・・。ついでにこのオールロング化であるが不思議とハンターイの狼煙は上がらない。首都圏の人は大人しい? JRはムサコ(武蔵小杉)の輸送力増強対策で少しでも詰め込みたいからということらしい。違う?小生としては成田空港、鎌倉への利用も考えて欲しいが、そんな民意はJR東は聞くフリはしても考えないらしい。なんとかゲートウエー駅名もそうであったし・・・。置き換えにしても片側1列、片側2列のセミクロスで、ドア横の一部を置き場(ラッシュ時は立ち席)とするというのはどうだろうか。ロングシートでも通路に足が出るので、片側1列のクロスとしても通路の幅は殆ど変わらない。従って立ち席定員は変わらない。座席の数もドア間8+6=14=7x2で変わらない。ドア横の一部のロングは折り畳み荷物置き場にする。ラッシュ時は立ち席になる。こういう発想は出来ないのかな。いずれにしても不細工なE235 系、オールロングは嫌である。それから置き換えといってもこの車両は行き場がないので廃車。先ほどの弱小私鉄でも書いたが如何にも勿体ない。何とかならないものかなあ。子会社の車両製造の仕事も関係しているのかなあと思うけど。

■最後にいつも使う京成本線
小生が通勤で使う京成電鉄であるが、せせこましい軒先かすめて走っているので自然は少ない。しかし、居を構える佐倉辺りからは正に田舎で、菜の花もみられる。春と言うことで、滅多に紹介されない京成の写真も追加しておこうとおもう。

佐倉を出た上野行き3500形。
鹿島川を渡るところ。今や唯一となったツーハンドル車。電車はワンハンドルマスコンではなく、ツーハンドルでなくては。なお、この川の土手を超えて昨年越流が発生し、市街地に無尽蔵にある印旛沼からも濁流が流れ込んだ。土手は現在嵩上げ工事中である。この写真はその反対側の直結する印旛沼側からである。

春の仕上げ、チューリップ
佐倉にはオランダから輸入した風車を中心に広場が湖畔に広がっており、春にはチューリップが一面に咲く。これが春の仕上げとなる、はずであったが、コロナの影響で、集近閉を避ける、いわゆる三密を避けようと言うことで祭りが中止、それでも花を見に市民が来るので、とうとう花を刈り取ることになった。場所が広いのでそんなに密ではない。人の間隔が2mなんて原っぱではありえないが、要するに中止と決めたのに、チョロチョロ来る奴がいる。習近平総書記の指示ではないが、絶対に人を集めない。どうするねん?花が無くなったら見に来る意味が無く、人は来ないで。ほな、切ろか、となったのかな。やることはしたし、自粛の広報も責任を果たしたんだから、役所としてはちゃんとしたと言うことなのだろう。ところで、これは花を切ると公開した3日前の写真。朝の通勤のザシ特急は殆ど乗客がいなかった。人が2人写っていて市の言うようにやはり混んでいる?
早く、線路わきに安心して立てる日が来るように。

これで今年の春は終わりにしたい。

雨のあじさい

INUBUSE氏に刺激されて休みにあじさいを撮りに出かけました。桜の撮影時に現場でカメラが突然作動不能になり失意の思いで帰投したあと、ボディーを購入して撮影に備えていましたが、業務が輻輳しており、長らくクラで休んでいました。INUBUSE氏の余計な刺激に、行かねばならんと思って出かけた次第です。例によって愚作を載せます。
小生の守備範囲は千葉の片田舎なので例によって小湊鉄道です。形式的には面白みがないですが、雨の雰囲気がええということで、しかも週末は都合のよいことに雨、同業者も少ないという好条件です。それでは。

やっぱり雨です。フロントガラスに・・。雨も捨てたもんではありません

雨の雰囲気、ええですね。
途中、里見でのトロッコの出発風景。如何に雨でも傘をさした駅長はちょっとね。別の雰囲気を期待したのですが。


いよいよロケに掛かります。

ひっそりと木陰に咲くあじさいは、小生みたいに、,しおらしく佇んでいます。

あとは、細かい説明抜き。
あじさいの咲く田園を走る気動車と、やはり、木陰に咲くあじさいがひっそり伺うなかに山道を分け入ってくる列車の雰囲気です。梅雨の季節の情緒が出ていますでしょうか。

夏は暑いので、この辺で。涼しくなってきたらまた、デジ青の画面をよごしてやろうと思います。

東の国からの花便り

デジ青を読んでいたら、Wakuhiro氏の桜がジャーン!と出ていた。小生は江ノ電以来、養生をしておりましたが、桜の季節になってやっぱり撮らんとあかん、写真展もあるしな(遅いか)と思って出かけることにした。条件は歩かなくて良いところ。

今年は桜の開花が遅く、ひつこく咲いているので、仕事を個人理由で切り上げて帰宅途中に立ち寄ることにした次第。という訳で大した話題提供でもないのでありますが、関東からも季節の便りを届けます。

4月7日、普通なら葉桜になっている時期なのですが、15時ころ、会社(まあバイトみたいなものであるから)を出て、八丁堀→町屋→荒川2丁目(都電)と殆ど歩かずに桜を見に行きました。ここは駅裏の浄水場から桜の枝がにゅーっと出ており、風情があります。なぜか、中国人やらx△◎YZ人が聞きなれない言葉をにぎやかにしゃべっております。

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寒中北海道見聞録-半世紀前の旅 6号車

暖かい車内から北浜駅に降りると一段と寒さが身に沁みる。先ずはユースに向かうことにしました。今回の6号車はここからです。■ 寒い中のロケ

北浜付近(KAWANAKAの昔のアルバムの絵を流用)

ユースは原生花園YHという割と有名なユースらしいです(今は知りませんが)。また駅から近くまことに便利な立地です。ユースで一休みした後、数少ない列車を如何に効率よく多く撮るかということが大事やとなり、その結果、原動力を確保するために自転車を借りることになったのです。このことをペアレントのおばさんに言うと怪訝な顔をします。それでも小屋の中にあると教えてくれたのです。乗れるなら乗ってみろという感じでしょうか。呆れてものが言えんみたいです。雪の積もった中、小屋へ行ってみるとまともなのは1台きり。仕方ないので誰が乗る幸運を得るかということになりましたが、その幸運な人は西村氏に決まりました。結果論ではありますが断れば良かったのに。寒中の自転車はデジ青のネタにしかならなかったわけだからね。以下は西村氏の後悔の告白であります。

:::先ず、上りの貨物を1本撮って一旦ユースに引き返しました。何しろトーフツ湖は南極越冬隊訓練の場所に選ばれたくらいであるので、凄い寒さです。鼻毛は勿論、まつ毛(2号にもあったが眼の毛という意味)まで凍ってしまって息をすれば鼻の奥が痛く、瞬きをすると目がしょぼしょぼし、手袋も今回こそ何の役にも立たないのである。足は感覚がなくなっていく。次に下りの627レと上りの650D 、630Dを撮りに出たが最後の630レだけはどういう訳か小林センセはストーブの傍から動こうとされませんでした。なお断っておきますが写真は確かに北浜ですが2日にわたるロケのどちらの日の写真かは特定しません、悪しからず。ストーリーになりにくいので、イメージとしてご覧ください。

というわけで、自転車に乗ろう作戦は失敗になったのであります。その後、冬の北海道で自転車を走り回るというのは聞きたことはないですね。冬に行かれる皆様、参考になりましたでしょうか? 続きを読む

寒中北海道見聞録 半世紀前の旅ー5号車

■尺別鉄道へ(迷い込む)行きはよいよい、帰りは・・・

心地良い眠りの中、列車はひたすら釧路に向かって走り続けます。池田を過ぎると3人とも目を覚まし寝台もたたまれた所で早速今日どうするかの予定の相談です。あと30分もすれば尺別に着くのですが、まあ「出たとこ勝負で行こか」と始めた旅であるにしても至極ええ加減なことをしています。相談内容は次の2つからどちらを選択するか、その意思決定をしようというのです。

  • ・ このまま乗って釧路へ行くか
  • ・ 折角なので尺別鉄道へ行くか

尺別鉄道はれっきとした地方鉄道であるが時刻表にも載らず地方鉄道の権威藤本大先生でも訪れたことがないような全く状況が分からない点が問題でした。釧路へ行くとしたら議論が纏まらないうちに降りるチャンスを逃した、というか成行に従った結果ということになるでしょう。議論の結果は折角ここまで来たのだからこの際行っておこうということになって尺別に降り立ちました。とんでもないことになってしまいそうであったとは露知らず・・。

 

尺別に到着
駅員もこの時代には居ります。まだ、尺別が元気な頃。

改札口まで来ると駅員が「汽車ですか?」と言うではありませんか。驚いた小林氏が「そうです」と返事をすると、その駅員「そこに止まっているバスにお乗りなさい」と言うではありませんか。その言葉に従って我々3人は少し不安を感じつつもバスに乗り込んだのです。バスには新聞や荷物が積まれていて車掌などという気の利いた乗務員がいないボロボロのバスは走り出しました。

尺別鉄道を左に見ながら約20分で車庫のある新尺別に着きました。新何々とかというと、何か最近出来たモダンな駅か何かのようであるが、尺別があるので新尺別位かなあの感じである。さて運転手に料金を聞くと「さあ・・・、いらんでしょう」という返事。想定外のことに驚きながらバスを後にしました。※今にして(編集時点)思えば、何でこのバスをもう少しちゃんと記録し、写真を撮っておかなかったんか、と後悔しきりです。得てしてこんなもんなのでしょうが・・。 続きを読む

寒中北海道見聞録 半世紀前の旅-4号車

明けて2月27日、今日は札幌近郊の私鉄見て歩きであり、勿論お目当てはカマであります。コースは大夕張鉄道の大夕張炭山、夕張鉄道(または夕鉄とも記しています)の鹿ノ谷で、あとは乗り鉄で札幌に戻ってくるということにしました。

ところで、この寒中北海道号は少々遅延気味であるので、4号車では欲張って札幌を離れて道東に行くところまでをカバーすることにしました。相変わらずのすかたん珍道中で、この段階では寒い北海道を鉄道で旅をし、鉄道を楽しむというレベルに達していないのですね。そういう目で見て欲しいのです。もたもたしていると春になってしまいます。急がなければ・・・。

■大夕張に向かう

先ず、7:35発「夕張1号」で大夕張鉄道に向かって出発。

←岩見沢(夕張) キハ22314①+キハ22210増 続きを読む

寒中北海道見聞録-半世紀前の旅物語 3号車改

倶知安(暫くは紀行文だけ。翌号になるまでは、先ず読んでくれ給え。写真が見つかれば挿入します) ※写真を3枚追加して、タイトルを改としました。見てあげて下さい。

「ニセコ3号」は雪の吹き荒ぶ倶知安に4分遅れで到着しました。零下10何℃の風雪が容赦なく舞い込み、煙とシンダーが飛んでくるキャブで奮闘した機関士、機関助士の皆様、大変だったと思います。感謝の念も言わない間にまたしても、川中がTri-Xで発車の時を撮るのだという。こんな馬鹿者は放っておくしかないので、好きなようにさせ、2人の荷物を誰もいないホームで見張っているときに、ワタシに少なからず好奇の色を浮かべた「ニセコ3号」の車掌が2人近づいてきた。「山登りか?」「いや、汽車の写真を撮りに来たんです」さらに「今、仲間の2人がこの発車を撮りに行ってます」と言うと、「こんな寒いときにご苦労なことや。 いつ来たん?・・関西弁ではないので少し違うがまあそういう内容」と聞き返してきた。ちょうどそのとき2人は「まだ、出よらん。おお寒」言って戻ってきた。2人のうち少し太っちょで眼鏡を掛けている方の車掌が、多分専務車掌なのであろうが、「寒いはずや。今、北海道は何十年振りかの大寒波に見舞われているんやで。昨日(すなわち北海道についた日)の函館なんか-15℃まで下がったそうやで(まだ、関西弁であるが、この温度は編集者が気象庁からデータを取っているので専務車掌の言は間違いはない。2号車のページをご参照)。「えらいときに来たなあ」とえらく同情してくれた。我々3人も内心、ほんまにえらいときに来た、と思っていると、遅れていた対向車(写真=探し中)が入ってきた。これで「ニセコ3号」は発車できることになったので、車掌さんに礼を言ってユースへ向かうことにした。別れ際に「趣味で汽車撮るのは構わんけど、こんな寒さやさかいに気い付けんとあかんで。凍死したらあかんで」と言って客車に戻られた。少々オーバーな感じがせんでもなかったけど、それ位気をつけな、あかんのかと思い車掌さんらと別れたのであります。「ニセコ」は吹雪の中、汽笛2声、煙と湯気(蒸気ではない、これは白く見えるのでユゲ)を身に纏い、闇の中に消え去って行った。 続きを読む

北海道寒中見聞録-2号車

今回は大沼から「ニセコ」に乗って倶知安に至るまでです。少し短いのですが冬なので乗客が少なく短編成になっています。

コメントに西村氏は変わらんけど、他の2人は経年劣化というか、補修を受けてか要するに前の形式が分からんようになっているやないけ、と先輩から頂きました。確かにそうかもしれません。車齢もこのくらいになると原型を留めることは難しいですからね。ま、とにかく2号車に乗車いただきありがとうございました。発車します。写真をみて3人(否2人)は今でもこんなにイケメンとは思わないでいただきたい。発車前のご注意です)。書いている内容はうそではありませんが相変わらずオリジナル文章を時代に合わせ個人に合わせ適当に追加しています。北海道でも股覗きもしたことにいたしましょう。

函館から大沼公園へ

16:05に十和田丸は無事函館港に到着しました。宿泊予定は大沼であるから一刻も早く大沼公園に着きたいところでありますが17:20発の急行「せたな」まで列車がない。連絡船では16:30に急行「すずらん4号」に連絡いたします、とか放送していたはずであるが、実際には季節列車で運転されておりません。冬の北海道にはこの手の列車が多く、中には定期列車が運休するのや、時刻変更などで結構ややこしい。17:20ということは発車まで1時間ほどあるので待合室に荷物を置いて駅前をぶらつくことになりました。ところが風が冷たく手が千切れそうで市電を数枚撮っただけで這う這うの体で退散と相成ったのであります。先が思いやられる。

これ、寒そうではありませんが実際は凄く寒かったのです。時間は16:45です。撮影を諦めて駅に戻るときのようです。

  • の準備もしていなかったので単に撮っただけ。今にして思えば撮りまくるべき題材なのであるが、ついでに駅を降りたのでということで、これはこれで由としたいと思います。

 

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北海道寒中見聞録-半世紀前の旅物語 1号車

寒中北海道見聞録  1号車

今を遡ること半世紀。昭和の時代、そう昭和44年の冬の終わり頃のお話です。丁度、試験が終わり、年度末の休みになったときに、今や高齢者であるクローバー会の会員が冬の北海道に蒸機を求めて旅をしたときの記録です。その報告は青信号22、23号に既に発表されていますが、これはその復刻版であります。内容は忠実に従っていますが、所々に深い内容の解説を入れて読者の理解を助けるようにしました。元々22号は参加者の小林氏が執筆していましたが、今回復刻版を作成するに当たって、川中が承認を得て多少文も変え色々編集しました。3月4日からの後半は23号と同じく参加者の西村氏が青信号と同じく執筆する予定です。

なお、1号車は旅に出る前を中心にしているため、お楽しみの写真は余りありません。ご期待に添えませんが、痔、間違えました次号車から多くのお写真様がご乗車になるはずです。

今から考えると、へえ!というものがあるかも知れない隔世の感がある時代のこと。旅の情報に関してもIT時代の今では、北国の否、世界の果ての情報も瞬時に知ることができる世の中ですし、入学試験の最中でも解答を得られ答案を書けるほどの時代なので、へえ、そんなあ!と思われるものがあるでしょう。宿(このころは若いモンはYH=)はユースホステルを利用するのが常であり、先輩諸氏のようにステホに宿泊する覚悟でなければ往復はがきを出して、「よっしゃーっ予約が取れた」、と言って出掛けた時代です。その頃にはすでに先輩諸氏は冬の北海道に遠征し、成果を上げておられるのですが、またそこまで至らない若造3人があれこれ試行錯誤しながら冬の北海道の鉄路を彷徨したときの記録です。記録といえば今は亡きY大先輩のすかたんシリーズがありますが、この稿はそれには及ばないけれど「あんたら何してんねん?」というような旅であったと思います。

他人の紀行文など、行った本人は面白いかも知れませんが読む方は大抵退屈、下らんことばっかり書き腐って、となるのがふつうであります。拙稿ではそれを避けるため、また原文の青信号記載の今から言えば無知下品(?)な表現を今風上品(!)に改め、当時の鉄道風景を再現するために参考となる情報や画像を写真とともに豊富につけました。

また冬の北海道は当時あんまり訪れる人がいないと思っていましたが、旅をすると同業者、他趣味の人とも知り合いになり心温まる旅をすることができたのも収穫でした。ほとんどはその後音沙汰なくなっていますが遠い昔を思い出せば懐かしさがこみ上げるというものです。

では早速本文に入りたいと思います。文体もそれに応じて変わります。

ただいまから改札を始めます。こちらからお入りください。 続きを読む

名残の花

KAWANAKAです。なごりの花と読みます。字のとおり散りなずむ桜花です。盛んにぶんしゅう氏がこれでもか!というほど素晴らしい桜花を見せ付けていて、なおも津軽の桜も出すといいます。一般人はそこまで行ける人は少ないと思いますので、ささやかに桜を見送りたいと思います。Wakuhiro氏の近隣のきれいに映った桜花(やっぱりサクラバナと読んでほしいねえ)もあります。Wakuhiro氏のはおやと思わせるような場所で撮ったのが出てくるのですが、ここでは、イヤというほど紹介しまくった拙宅の近所で総括したいと思います。例によって格調高いのはありません。また1年以上前のものが多いのですが、今年はしばらく許していただきたい。

先ずは、拙宅からチャリでも行ける高槻の芥川の土手。実はここに至る前にも芥川児童公園があってサクラが見えるが、絵になるブランコがない。せいぜいトンネルのついたケバケバシイ滑り台くらいしかないので絵にならない。と思っていたらEF66 の27が目の前を通り過ぎた(間に合わず写真はない)、原色は出会うこと自体少ないのでコンチクショーと思いながら土手に上ることにした。土手の線路を潜るとフェンスが邪魔な場所がある。ここでサクラを前景に撮ろうかなと思っていたら、チャリの親子がこの有様。何ぼでも停めるとこがあるやろうとあっけに撮られているうちにまだロコが来ました。EF65135で工臨です。前に西村氏がこんなん通ったとUPされていたヤツと思います。チャリを避けて何とか撮ることができました。過去のデータを見るとサントリーカーブで同じロコを撮っています。こいつはこれを牽いてJR-Wを廻っているのでしょうね。チャリのことは機嫌が良くなって忘れてしまいました。

芥川の親子自転車

これはないよね。絶対親が悪い。まあ、親子にしたら鉄道なんて関係ないので河原で水遊びができたらええんや。そういうもんかも。

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