こんなん、出てきました。 レンゲと蒸気機関車と・・・加古川線の段

 明延の一円電車の写真が見つかった時に、すでに忘れていた写真が多く出て来ました。その中にレンゲ畑の中を加古川線のC12が引く貨物列車の写真がありました。前回の時にぶんしゅうさんからニコンのCaptureNX2という画像処理ソフトを教えていただいて、さっそく体験版で実際に画像処理をしてみると、なかなか具合がよろしいので購入いたしました。それを使って加古川線で撮った写真をなんとか見ることが出来るようにしました。

上の写真が退色復元し、カビで変色した部分などを修正したものです。ごらんのように天気が悪く、ねむい写真になっています。このときの事情が私が保存している「青信号」とともにDRFCの重要な情報誌である「補機」35号に記事として載っていました。

ごらんの写真の様に「青信号」と同様に全手動孔版印刷によるものです。表紙の絵は熊本市交通局350型電車です。

 さて、その記事の題名は「1日Ⅱ←(1or 2)?本もとれる加古川線を訪ずれて」です。原文どおりに書きましたが、実は一部おくり仮名が間違っています。それでは本文ですが「5月3日の憲法記念日、私は加古川線に 蓮華の花とC12を求めて京都8:05発の快速に乗車した。茨城からI氏が、大阪からY氏が乗って来て、ここに第2次青野ヶ原現地闘争のメンバーが集まった。」とあります。人名はイニシャルで記載いたしますので、だれか想像してください。どうも5月連休の時に行ったようです。筆者は蓮華の花とC12にこだわっていたようです。「・・・、10時10分発の鍛冶屋行のディーゼルの乗車、車はキハ177である。とにかくロケハンというので青野ヶ原より一つ向うの社町迄乗ったのであるがクサイので青野ヶ原に、次の上りで引き返す。」今では廃線となった鍛冶屋線の終点鍛冶屋行に乗ったようです。この文章のなかで「クサイ」とあるのは臭いが「クサイ」のではなく、写真にするには風景として雑然としてよい写真にならない時などに使用する言語で、当時のDRFC人が好んで使用した言語です。ほかに「クサイ写真やな~」とかいろいろな場面に使用されていた様です。いまではこのような言葉は不適切な表現となるのでしょうか?

 青野ヶ原に戻ってから本文はI氏がフィルムが買うために八百屋や散髪屋などをうろちょろしているくだりがあり、その後「5分程歩くとコッテリ蓮華のある所があったので、そこに三脚を据える。まだ時間があるので持参した弁当で腹ごしらえをする。どうせのろいのろいとタカをくってゆっくり食っていると突然汽笛一声とともにスサマジイスピードでやって来た。C12167+貨車3両である。」 このときの写真が最初の写真で、さらに接近したときの写真が下の2枚の写真です。

 

そして、筆者は「あわててシャッターを切ったが、アッというまにポコポコ行ってしまった。普通、写真を撮った後は何か余いんが残るのに今度ばかりは何も残らなかった。C62がはやいのはいいもんだがC12があんなに早く走ってはワヤクチャである。」と書いています。とにかく天気が曇りと光の具合が悪く、鮮やかさに欠けた写真になってしまいました。露出やシャッター速度の条件もまだ未熟なのでうまくいかなかったのでしょう。最近のデジカメであれば機械がうまく調整してくれるのでこんなにひどくはならないと思いますが・・・ 。とにかく、画像処理のおかげで何とか見ることが出来ますが、カビによる変色についてはもう少しよくなるように研究が必要です。

 さて、この後は下りの貨物列車までに4時間ほどあるので神戸電鉄で小野の町まで行って時間をつぶしたと書かれてあります。再び、青野ヶ原に戻り、「そして青野ヶ原-社町間の大築堤の所でタップリ蓮華を入れて三脚をセット。まず2本の気動車を狙う。」この時に撮った写真がごらんのようなピントがどこに合わしたか、狙いの定かでない写真が出来上がりました。

前ピンでもない、中ピンでまったく恥ずかしい写真となりました。まあ、これはこれで斬新的な試みとして慰めるしかありません。そして「・・・、いよいよ本日のメンエベントである下り貨物を今や遅しと待ち受ける。しかしホンマに遅いがな!!貨物は15:58青野ヶ原通過であるが来いヒンがな。いやな予感がした。・・・いやそんな筈は無いと言い聞かせ、しばらく待つと、スワッ!! やっぱり運休である。・・・、家に帰るために16時20分の748Dに乗り粟生迄行く。車両は木破銃菜々七である。帰りは、神戸電鉄で新開地、阪急で河原町迄と帰って来たが家に着いたのは8時過ぎであった。もちろんヨレボロである。」結局、このときは上りの貨物列車と気動車を撮っただけであったが、今となってはレンゲ畑とC12の貨物列車という貴重な写真になったとしだいです。そして筆者は「しかし、加古川線はエエ、皆様に勧めます。」と締めくくっています。さて、これを読んで加古川線に行った奇特な人はいたのでしょうか。

そして、上の写真はレンゲの花と戯れる筆者の姿です。さて、だれでしょうか?はるか、41年前の出来事でした。

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