「市電ひろば」保存車両の現役時代

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 伏見線廃止直後の昭和45年4月4日、鉄道友の会京都支部により505号の「お別れ」と「保存決定記念」乗車会が開催された。大西顧問が支部長をされておられた関係で参加させていただいた。

「市電ひろば」がオープンして、長期間保管されていた7両の市電が展示されたとのことで、まずは素直に喜びたい。
個人的には、横浜市のように保存、展示のみを目的とした施設にすべきだったと思うが、美しくレストアされただけでも有難いと思わないといけないのかも知れない。
505のカフェ、703号のショップ等、展示方法に疑問が残る部分が多々あるが、くれぐれも名古屋の「市電広場」の二の舞にならないようにお願いしたい。

29(広軌1形)
明治45年6月11日京都市営電車開業時に新製された車両で、車体は天野工場製、台車はマウンティンギブソン社製の21-EM、出力は25㏋×2である。
最末期は、九条車庫配置でデッキに折戸を設置して伏見線で使用され、客扱い終了後も架線修理車として使用されていた。
昭和49年頃一時的に他の保存車と共に錦林車庫で保存されていた。

錦林車庫/(49-5-18)
29-2 49-5-18
29 49-5

505
大正13年田中車輌製で半鋼製車としては初期の製品である。中扉は昭和33年9月に閉鎖され座席が設置された。
九条車庫配置で主に伏見線の朝ラッシュ時に使用されていたが、最末期には終日走っていた。
スピードが出ず手動扉のため運転手には不評であったが、そのような条件下での定時運転が腕の見せ所でもあった。
45年3月31日の伏見線廃止により、車体を載せ替えた514形を含めて全車両廃車されたが、最も状態が良かった505号が保存車両に選ばれた。

棒鼻~丹波橋/(42-5-5)
505 42-5-5

札の辻~十条通/(43-5-13)
505 43-5-13

勧進橋/(45-3-1)
505 45-3-1
505 45-3-1-2

京都駅八条口/(45-3-31)  伏見線最終日
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九条車庫/(45-4-4)
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錦林車庫/(49-5-18)
505 49-6-18

1605
昭和12年日本車輌製の607を42年にワンマン改造した車両で九条車庫に配置されていた。601、603、605、606が1601~1604となるべきところ、改造されることなく廃車されたので、この車が1600形のトップナンバーになった。

600形は601~685の内、ツーマンのままで残った上記4両と2600形に改造された18両以外の63両が1600形に改造され、1605~1667となったが、改番は複雑である。
昭和51年3月31日の今出川、白川、丸太町線廃止時に廃車になった。

四条烏丸/(44-5-1)
1605 44-5-1

九条車庫前/(47-5-7)
1605 47-5-7

890
昭和31年ナニワ工機製で800形のラストナンバーである。台車は新三菱重工製の新型台車MD-201を履いていた。新製以来壬生車庫に配置されていたが、47年1月23日四条、千本、大宮線廃止による壬生車庫廃止により、九条と錦林に転属したが、両車庫ともにワンマン運転がメインであったため目立たなかった。
49年3月31日の烏丸線廃止により廃車になった。

錦林車庫前/(49-2-11)
890 49-2-11

烏丸丸太町/(49-3-31)
890 49-3-31

錦林車庫/(49-5-18)
890 49-5-18

935
昭和32年日本車輌製で900形のラストナンバーである。台車は住友金属製のFS-65Aを履いていた。長い間九条車庫配置で、伏見線でも活躍していたが最末期は錦林車庫配置であった。
同時に作られた916~931はワンマン改造され、事故で廃車になった1922以外は市電全廃時まで活躍した。
15両全車が広島電鉄に譲渡され現在も健在であるが、932~935は49年3月31日の烏丸線廃止により廃車になった。

大石橋/(45-3-31)
早朝の九条車庫からの出庫車で方向幕は「京都駅八条口」を掲出しているが、実際には京都駅まで運行した。
935 45-3-31

大石橋/(45-3-31)  伏見線最終日
935 45-3-31-2

九条車庫前/(45-5-3)
935 45-5-3

京都駅前/(49-3-31)
935 49-3-31

703
昭和33年ナニワ工機製で台車は日立製作所製のKL-11を履いていた。
明るい塗装と4枚折戸が新鮮で、子供の頃お使いで出掛ける時700形が來るまで待って乗車した。
一時期九条車庫に転属したことがあるが、主に錦林車庫配置であった。
49年3月31日の烏丸線廃止により廃車になった。

烏丸今出川/ (41-4-29)
703 41-4-29

錦林車庫/(49-5-18)
703 49-5-18
703-2 49-5-18

2001
昭和39年ナニワ工機製で台車は日立製作所製のKL-11を履いていた。
朝のラッシュ時には連結運転、それ以外の時間帯はワンマン運転で使用され、路面電車としては画期的な車両であった。
特に朝のラッシュ時、四条烏丸の北行き安全地帯に溢れる程の乗客が待っていても、全員乗車可能な輸送力は目を見張るものがあったが、46年3月末日をもって廃止されてしまった。

昭和52年9月30日河原町線、七条線の一部廃止時に廃車になったが、2002~2006の5両は伊予鉄道に譲渡され現在も健在である。

壬生車庫/ (39-3-23) 新製直後で営業運転開始前
2001 39-3-23

烏丸丸太町/(49-3-24)
2001 49-3-24

烏丸今出川/(49-3-31)
回送の円板を表示しているが、中には人が乗っておりツーマンの試運転と思われる。
2001 49-3-31

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