三重・岐阜の旅(3)

日本石油四日市製油所に出入りするタンク車は塩浜貨物駅でJR貨物のDD51と受け渡しされます。その様子を見てみましょう。塩浜駅着発のタンク車は篠ノ井線南松本駅間に不定期を含め5往復が設定されています。内陸部へのガソリン輸送はやはり鉄道輸送が最適なのでしょう。

平成29年5月11日 塩浜貨物駅にて 右はD51889+DD51857。左はDD511146

上の写真は 先ほど日通のDLに牽かれて到着した満タンのタンク車の先頭に愛知機関区のDD51889+DD51857が連結さたところです。このあと一旦本線上に引き上げて、近鉄線に近い側の出発線に転線します。

重連のDD51は出発線に転線し、南松本行き臨高速8072レとして出発待ちです。

たまたまですが、この重連DD51は2両とも三菱三原生まれでしたので、元気に活躍している姿を見ることができ、感激しました。DD51857は昭和48年1月生まれ、製番No.1900で44歳、DD51889は昭和49年10月生まれ、製番No.2002で42歳と人間様なら働き盛りですが、機関車としては高齢者の部類でしょう。翌朝も空車のタキを牽いて到着する様子を撮ろうと早朝出撃しましたが、塩浜着7:30の専6287レは現れず、次の8:16着の専5263レは定刻にやってきました。機関車は昨日と同じ857+889のペアでした。

平成29年5月12日 専5263レ到着

塩浜駅の跨線橋からはヤードが一望できて、恰好の撮影場所となっています。7:00過ぎから約1時間 跨線橋の上でねばっていたのですが、丁度通勤、通学時間帯のため近鉄電車が着く度に多くの人が通って行きます。そんな通勤途上の若い女性から声をかけられました。「ここで写真を撮っている人をよく見かけるのですが、何がそんなに珍しいのですか?」と。そこで「内陸部の長野県に大量にガソリンを運ぶには鉄道輸送が最適で、こうして毎日タンク車が往き来していますが、実は国内でこのような光景が見られるのは非常に珍しくなったのですよ。四日市の人には見慣れた光景でしょうが、全国的には貴重な光景です。」と答えました。すると彼女は「実は私は日石社員ですが、そんなこととは知りませんでした」とえらく感心してもらいました。私としてはもっとお話したかったのですが、会社に遅れるとそそくさと駆けてゆかれました。そんなわけで 1本運休になりましたが、時間つぶしができました。

さて塩浜で日石専用線もDD51も撮れて満足したのですが、塩浜には近鉄塩浜工場もあるので珍しい車両もゲットできました。まずは電気機関車 旧デ32です。現在は車籍を失って工場の入換専用車両扱いですが、れっきとした40Ton電機です。

近鉄塩浜工場 旧デ32

このデ32もまた三菱三原生まれなのです。まだC61を作っていた昭和23年にデ31,32,33の3両が作られました(製番No.563~565)。近鉄内での活躍の歴史については、詳しい諸先輩諸氏に解説頂くとして、31,33は平成12年に廃車・解体され、32だけが昭和58年には除籍されたものの入換用として生き延びているわけです。御年69歳になります。昭和23年の同級生は国鉄C61,EF15、EF58ですから、入換用とは言え現役で美しい姿を見れたのはDD51以上に感激でした。

平成29年5月12日 近鉄96+?

さすが大近鉄さんです。台車を積んだ無蓋電車も見ることができました。この電車については全く知識がありません。

塩浜では多くの収穫があったので、四日市港の方へ行くことにしました。四日市駅から分岐して四日市港駅に向かう貨物線の途中に末広可動橋があります。かつては神戸港や大阪港などにも鉄道の可動橋はいくつかあったようですが、現在ではここ四日市だけになったようです。是非動いている様子を見たかったのですが、残念ながらこの橋を渡るDD51に牽かれたセメント列車は 三岐鉄道沿線のセメント工場が定期点検期間中のため運休していることは判っていました。しかしせめてその姿だけは見ておこうと訪ねました。公共交通機関もない場所ですので、塩浜駅からタクシーで向かいました。行き先を告げると 運転手さんは不思議そうな顔をされましたが、この橋のことを説明して納得してもらいました。

平成29年5月11日 末広可動橋

普段は船が優先で、列車が通る時だけ下げられるようです。是非列車が渡る姿を撮りたいものです。もっと近づいてゆっくり見たかったのですが、タクシーを待たせているので先を急ぐことにしました。次に向かうのは ほど近い太平洋セメント四日市出荷センター専用線です。

太平洋セメントDD452

またしても三菱三原生まれに会えました。この機関車は昭和37年6月生まれ、製番No.1153の45Ton機で 元は新日鉄八幡製鉄所D4505でした。殆ど動いていないような雰囲気でした。もう1両DLがいます。

DD511

セメント列車が長期運休のため こちらもお休みのようです。このDLは昭和58年日車製の50Ton機で 室蘭の本輪西にあった日本石油精製専用線からやってきたDLです。運転台の窓に旋回窓を装備しているのがいかにも北国から来た機関車であることを示していました。

翌朝も塩浜でDD51を撮ったのですが、そのあとはあすなろう鉄道を訪ねるため塩浜駅前から三重交通バスに乗り込みました。しばらく走ると「次は南四日市駅前」とアナウンスがあったので踏切を渡るのを注目していると、駅に青いDLが止まっているのが見えました。まだ目的地ではありませんでしたが、迷わず降りることにしました。

山九運輸 DB20 南四日市駅にて

南四日市駅からは三菱油化の専用線が分岐している?(いた?)のですが、現在 一般的なコンテナでの輸送のようで(貨物の中身は不明)日に1往復の臨時貨物列車が設定されています。そのためのDLだと思われます。この青いDLは昭和50年 協三工業製の20Ton機のようです。

協三スタイルの20Ton機

本数の少ない路線バスを途中下車してしまったので、目的地である あすなろう鉄道の泊駅までは歩くハメになりましたが、思いがけない収穫があったので 気を良くしてせっせと歩きました。旅はまだ続きますが本稿はここまでとします。

7 thoughts on “三重・岐阜の旅(3)

  1. 西村雅幸さま
    四日市界隈を楽しく荒らし?まくりですね。末広可動橋へも行かれたのですか。小生もここで「原色DD51」を撮りたくて、もうかれこれ1年半ほど機会を窺っています。しかし稲沢の51はアトランダムに運用される傾向が強く、原色機が入る運用情報に中々恵まれません。数回あったチャンスにも所用があったり天気が悪かったりとまだ実現できていません。この間に原色機が3両→2両と減り、今春からはついに853号機1両だけになってしまい、グッとチャンスが減ってしまいました。そのうち無くなるのではとの不安を抱いています。なお可動橋近くまで本数は少ないですが四日市港行のバスがあるようです。
    また多くの三菱三原製車両と遭遇されたようでご同慶の至りです。決して煽るつもりはありませんが、本稿を読んでいて近々「三菱三原製を訪ねて」という投稿新シリーズ誕生の予感がしました。大いに期待したいところです。

    • 1900生様
      鋭いご洞察の通りです。3回の記事で登場した三菱三原製車両との出会いはすべて意図したものではなく、偶然でした。このあともう一度遭遇する場面が出てきます。そういう意味で今回の旅は不思議なめぐり合いの旅でもありました。新シリーズの企画は今のところありませんが、そういうシリーズが作れることに気付かされました。さて末広可動橋はセメント列車が運行を始めたら是非再訪したいと思っています。

  2. 西村雅幸様
    末広可動橋はそこを何度も訪問されているクモハ73106東ウラさんに連れて行ってもらいましたが2打数ノーヒットでした。東京で昔あった勝鬨橋もこの一種ですかね。

    • 準特急様
      末広可動橋に2度も行かれているのですね。学生時代には臨港貨物線を訪ねるという意識は全然持ち合わせておらず、もっぱら幹線の蒸機や地方私鉄巡りで費やしてしまった感じです。現在とは違って 情報が無かったことも原因でしょう。確か勝鬨橋はハの字型の両開き開閉だったと思います。勝鬨橋やこの末広可動橋のような跳ね上げ式と佐賀線の筑後川橋梁のように橋桁を水平に昇降させるタイプと橋桁を90度旋回させるタイプがあったと思います。いずれにせよ3打席目に立たれる際には是非お知らせ下さい。一緒にヒットを打ちたいと思います。

  3. 西村雅幸様
    正直申し上げますと未だに本線の列車や民鉄をオーソドックスに撮ることばかり考えており、産業遺産や技術遺産に目を向けることはあまりありません。可動橋やDD51の撮影は車を使いアクティヴに効率的な撮影をされるクモハ73106東ウラさんやもう一人の友人の外車で連れて行ってもらったものです。その時はあまりがっかりもせず近くの三岐鉄道に回ったと思います。最近は効率的に回ることよりも1か所に留まって撮影することが多い様です。要するに足腰が弱って駆け回るのが苦手になったということですが可動橋も一度は可動しているのを見てみたいですね。

  4. かなり昔の「おじん2人」に書いたかと記憶するが、ギリシャ国鉄のメーターゲージ線で、跳ね上げでもなく、回転、持ち上げでもない、水中沈下式の鉄道橋に出くわした。運河を船が束になって通過する際、鉄橋そのものを、何と水中に沈めてしまう代物で、確かに空中にさしたる構造物がないから、景色を損なうことがないが、世の中には不思議なものがあるものだと感心した。

    • 湯口徹様
      世界を股にかけておられると、我々の常識では思いもよらないものに出くわすものですね。河川で水量が増えると水中に没する低い橋を沈下橋というのは当地にも点在していて それが沈下橋だと思っていましたが、本当の沈下橋とはそのギリシャもものですね。今もあるのなら是非見てみたい代物です。貴重なお話をありがとうございました。

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