北方見聞録 最果ての地、樺太(サハリン)鉄路への旅 Part4 ロシアのSIMカード購入、サハリン鉄道を見る、撮る

第3日目 7月11日 その2

【 ユジノサハリンスク(豊原)でロシアのSIMカードを買う 】
フロントでパスポートを返してもらってNETさんとヤスベイさんにご同行頂きSIMカードの購入です。皆さんスマホをお持ちですので出かける時は私のiPadにロシアのSIMカードが入っていればルーターとして使えますので、全てのスマホでパスワードを入れればどこでもネットが出来ます。

フロントのお嬢さんから何とか売っている店を聞いて街に出て探しますが、見つかりません。どうも反対方向と間違えて説明を受けたようで教えてもらったところは街中の売店でした。おばちゃまに説明しようにもさっぱり通じません。またSIMカードを買えても回線開通には今からこのSIMを使用開始しますとの連絡を入れなければなりませんのでスマホを売っているような店でないとやってもらえません。これは世界共通のことで、各国で経験済みです。
▲ これではだめだとホテルに引き返して、「教えてもらったところは反対だった。もう一度教えてください。」と言うと、ドアマンを呼んで一緒に行くようにとの返事です。100mもないホテルの直ぐ横のビルにある携帯電話を売る店に案内してくれました。始めからこうしてくれれば徒労はなかったのですが、これがロシアの洗礼かと納得することにしました。値段は350ルーブル(約700円)。これでどこでもネットが出来ます。Google地図で現在位置が分かりますので、いつものように迷わず動けます。
しかし、ホテルに戻ると皆さんおられません。フロントに「ユジノサハリンスク(豊原)駅を発車する列車があるので撮りに行きます。」とメッセージが残されていました


▲ 18:15 現在と過去とのユジノサハリンスク(豊原)駅です。右側半分隠れているのはユーラシアホテルです。宿泊の候補地でしたが現在リニューアル中という事でホテルサッポロになりました。
この駅は、軍需輸送のため大泊~豊原43.3㌔)に600mmゲージの軍用軽便鉄道としてに1906年(明治39年)12月1日 開業時に同時オープンしました。片面1面、島式2面で跨線橋で結ばれていましたが、現在は撤去され地下道で連絡されています。

46.960394,142.725698

18:19 先に駅から北側の踏切で撮ろうと聞いていましたので線路沿いを向かいますとサハリン鉄道歴史博物館の屋外展示場がありました。踏切に急ぎたいところですが見てしまうと撮りたくなります。柵があって柵の隙間には大型デジカメ一眼レフは入りませんので、ここはコンデジを入れての撮影です。
▲ 762㎜ゲージの蒸気機関車4-78 ノグリクから北上するナロー路線がかつてありました。これが使用された蒸気機関車かと思いましたが後で聞きますとアレキサンドロスクにあった軽便鉄道で走った蒸気機関車だと言われました。覆っているものは小さな内側が日本が作った1,067㎜用のトンネルの大きさ、外側が1,520㎜のロシア鉄道のサイズだそうです。

▲ 1993年(平成5年)、ソ連崩壊後の混乱で富士重工製のД2 系気動車が修理部品不足から運用不能となりました。そのため代替車としてJR東日本から無償援助で贈られたキハ58形29両のうち部品取り用車を除く17両が整備され運用されていました。サハリンではК-1として運用しましたが、Д2 系気動車が復活したこともあり、2000年(平成12年)に全車廃車。この中の1両のキハ58495が静態保存されています。一部窓ガラスが割れているのが残念です。

▲ ロータリー車です。
▲ ラッセル車は一目で日本製と分かりました。

▲ 何かわかりませんが、線路のバラスを集める車のように見えます。

▲ こちらもロータリー車です。

▲ ディーゼル機関車ですが日本製ではなさそうです。

▲ 18:24 奥鈴谷方面から南下到着して来たД2 系気動車2両編成のの6004列車です。私は間に合わずでしたので千住のヤスベイさんから写真提供をお願いしました。

▲ 18:32 ノギリク行きの普通603列車が発車してきました。編成は、ТГ1616-069+①76044+②11066+③10704+④30132+⑤30124+⑥10738+⑦10605+⑧10563+⑨21024+⑩10696+⑪10621(客車はすべて099形)の11両編成です。
ТГ16形ディーゼル機関車は、1,067㎜にも使用出来るように1967年から1974年にかけてロシア本土のリュージノフスキー機関車工場で生産されています。結構年代物のディーゼル機関車です。
全長15,450㎜、高さ4,080㎜、車幅3,000㎜、設計速度85~110km/h、3,280HP。

▲ 不銹鋼號さん苦労の作成のユジノサハリンスク(豊原)発着の時刻表です。千住のヤスベイさんはダイヤグラムまで作成されていました。皆さん準備万端です。

▲ ロシアに来たからにはまず味会いたいのはボルシチだろうと地球の歩き方から探したのは「Khutorok」ですが、かなり歩いて探したのにウクライナ料理店です。
ウクライナ料理は昨年10月に本場で連日食べました。飽きることもない美味しさは絶品と思いましたが、入ったレストランはとてもその再現には程遠いものでした。皆さんからも店員の応も悪いので、ここはダメな店との評価が一致しました。
明日は日本海側の西線を訪問します。東線と西線を結ぶ路線は廃線となっていますがどこかで見えれば良いなあと思っての就寝でした。  Part 5へ続く

2 thoughts on “北方見聞録 最果ての地、樺太(サハリン)鉄路への旅 Part4 ロシアのSIMカード購入、サハリン鉄道を見る、撮る

  1. いつも興味深く拝見させていただいております。
    ユジノサハリンクスではなくて、ユジノサハリンスクが正しいかと存じます。

    • ほへほへ様、ご教示いただきましてありがとうございます。間違いに気が付きませんでした。早速修正いたします。今後とも間違いがあればコメントください。よろしくお願い申し上げます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

wp-puzzle.com logo

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください