広島行(呉線経由)のサボ

今回、ご紹介するのは広島行(呉線経由)のサボです。裏は、新大阪行(呉線経由)で、大 向と書かれていたますので、向日町運転所持ちのサボです。向日町運転所開設・新大阪駅開業が1964年ですので、それ以降使用されたものです。これも浮き文字といわれるものです。先般の諸先輩が投稿された呉線の蒸気列車の何かに使用されていたものかもしれません。経由の表記も前回の三角行のように下にあったり、今回のように右にあったり、経由の経が略されていたり、ローマ字があったりなかったりいろんなバリエーションがあり興味は尽きません。

今回のものは、新幹線開通から岡山開業までの間、新幹線に接続し、翌朝に広島に到着する夜行急行列車に使用されたものと思うのですが、いかがでしょうか?

広島行(呉線経由)のサボ」への7件のフィードバック

  1. デカンショまつり号様
    私も時刻表好きなので大学時代までの時刻表は結構読み込んでいました。広島発新大阪行きとなるとおっしゃっているように、新幹線連絡の夜行列車がまず思い浮かび、呉線経由だと「ななうら」で正解かと思っていましたが、「ななうら」は行き先が京都と大阪、のちの「音戸」も1号は京都行、2号は新大阪行きですが発駅が下関、さらに調べると昼間の列車で「宮島」が呉線経由新大阪行き、ところがこれは電車で多分153形あたりだったのでしょう。このページを右にたどると「宮島52号」客車で広島発新大阪行き、これは残念でした山陽本線経由、ということで発見できませんでした。やはり総本家青信号特派員様にすがるしかないようです。

    • やはりそうでしたか。まず「ななうら」系統を思いつくのは誰しも同じのようですね。ところが小生も探しましたが、仰るように定期は京都行、臨時も大阪行で該当レが見つからないため諦めてしまいました。サボが綺麗なことから、思うに単発的な臨時等余程レアな列車に使用されたものか、運転直前に何らかの事情で新大阪行が大阪止めになり、宙に浮いた代物とか、推測の域を出ませんがとにかく貴重なサボではないかと思われます。

  2. はい、調べて見ました。すると、新大阪~広島で運転されていた下り「音戸51号」が見つかりました。上り「音戸52号」は京都まで運転でしたから、このサボが下げられたのは下りのみとなります。この列車は、年末年始、盆だけでなく、春秋にも運転されていて、臨時というより、不定期列車のような位置づけでした。また本家の「音戸1・2号」は下関行きですが、広島回転の編成もあって、これに下げられていた可能性もあります。余談ですが、調べていますと、客車ばかりと思っていた「音戸」ですが、臨時「音戸53号」は電車で運転されていました。電車のためか、呉線経由ではなく、山陽本線経由でした。

  3. 皆様、ありがとうございます。
    でも、新大阪行(呉線経由)の列車が見当たらないと言う感じですか?

  4. 調査が不十分でした。改めてJTB時刻表を繰ってみると、「音戸51号」の発着は、京都、新大阪、大阪と何度も変更されていることが分かりました。まず43-10改正で、「ななうら51号」から名称変更で誕生、発着はともに大阪でした。45-4改正で新大阪発、大阪着となりますが、すぐ45-10改正でまた大阪発着に戻り、46-10改正では大阪発、京都着となります。ところがこれも長く続かず47-3改正で大阪発、新大阪着となり、さらに48-10改正では大阪発着になって、終点が下関まで延長されます。これが、50-3改正の廃止まで続くことになります。したがって、「音戸51号」にも「広島行」「新大阪行」の期間があったわけです。

  5. 総本家青信号特派員さま
    ありがとうございます。
    客車急行全盛期が思い起こされますね。ところで、私事ですが、只今、クローバー会のブギウギさんとともに台湾旅行中です。ここ台湾は数を減らしつつあるものの客車がまだ残ってます。今日は荷物列車の追いかけです。

    • 台湾で撮影の際には、ぜひ「お立ち台通信」最新刊を参考にしてください! デカンショさんにもお世話になりましたが、本体価格1214円+税で、台湾の撮影地の全てが分かります。台湾でも広めてください。

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