客車廃車体訪問記 内地編62 徳島県-3

【阿波っ子ステーション】 34.127979, 134.477642 2010年11月20日撮影
オハ47 107→その後の調査で、オハ47 2282であることが判明
オハ47 129

↑左がオハ47 129、右がオハ47 107(オハ47 2282が正)
訪問時は藍住町のレストランであった。最寄り駅は板野。現在は店舗ごと無くなったようである。次の目的地もあったので店に入らなかったが、車内も調査しておけば良かったと思う。
◆スハ43 632(1955年新製 汽車)→(1963年改造 大宮工)オハ47 107→1964年近代化改造 大宮工→1985年廃車
◆スハ43 104(1952年新製 帝車)→(1963年改造、近代化改造併施 土崎工)オハ47 129→1985年廃車
↑オハ47 129
↑昭和27年 帝国車輌  昭和38年改造 土崎工場    これはオハ47 129と矛盾しない。↑オハ47 107(といわれていたが、じつはオハ47 2282)

↑これがオハ47 107だとすると、昭和50年に何か改造したことになるが、銘板が取り付けられるほどの改造工事をオハ47 107におこなった記録が見当たらない。

その後の調査で、オハ47 107ではなく、オハ47 2282ではないかという説があったので、履歴票を調べたところ下記のようであった。
◆スハ43 367(1954年4月新製 日車)→(1962年電暖追設)スハ43 2367→(1968年6月29日改造 大宮工)オハ47 2282→1975年8月7日体質改善C3 多度津工→1985年廃車(四カマ)
である。一方、オハ47 107とオハ47 129の履歴には、1975年に多度津工場で何か改造した記録は無い。したがって現車2両は、片方はオハ47 129、もう片方はオハ47 2282で間違いない。

3 thoughts on “客車廃車体訪問記 内地編62 徳島県-3

  1. 井原 実様
    見覚えのある光景だと思って調べてみると、貴兄より約1年前の2009年12月に撮影していました。多分通りすがりに見つけて撮っただけで、車内(店内)には入らず先を急いだと思います。コーヒー200円は変わっていませんね。

    • こんな所を「通りすがり」とはとても信じられません。いったい何の「通りすがり」だったのでしょうか。

      • 井原様
        確かにあまりポピュラーな地域ではありませんね。もう10年も前のことになりますが、年末の1泊旅行として早朝三原を発ち、玉野市営鉄道跡をチェック後、宇高国道フェリー(先般廃止されました)で四国へ渡り、仏生山から塩江温泉鉄道廃線跡をたどって南下、四国山脈を山越えしてうだつの町脇町へ出て、天然記念物「阿波の土柱」そばにある人景もまばらな「土柱ランド温泉」で1泊。翌日藍住町を通って徳島、小松島に向かいました。その道すがらでした。
        もう再び訪れることはないと思います。

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