客車廃車体訪問記 北海道編5

日高本線沿線3題を紹介する。

【富内鉄道資料館】

オハフ33 1568(左)  スハ45 26(右)  42.782898, 142.219105  1998年9月13日撮影 穂別町 富内鉄道資料館
旧富内駅を活用した施設で、最近は「富内銀河ステーション」と称しているらしい。
旧貨物側線に留置されている客車の用途は、ライダーハウスだったらしいが、車内にはタイヤチューブが積まれていた。なにしろ駅舎は閉まっていて、周りに誰一人いなかったのでわからない。塗装は綺麗である。

オハフ33 1568
◆オハ35 1053(1947年日立)→オハ35 1502(1977年旭川)→オハフ33 1568(1978年旭川)→1986年廃車。
戦後製のオハ35を北海道向けに改造して、さらに緩急車化した経歴を持つ。TR34を履いていたのでオハフ33 1568になり、これはオハフ33全体のラストナンバーである。。車掌室は落とし窓ではなく、1,000㎜幅のままで引き違い窓になっている。『鉄道ピクトリアル』750号17頁にオハフ33時代の写真が掲載されている。

スハ45 26
◆スハ45 26(1953年日支)→1986年廃車。

 

【振内鉄道記念館】

スハ45 37(左)  スハフ42 519(右)  42.727372, 142.295750  1998年9月13日撮影 平取町 振内鉄道記念館
客車は、ライダーハウスとして利用されている。富内と同様、旧振内駅構内を残し駅舎を建てかえ、旧富内線の歴史を伝える資料を展示している。ここでも見事に人を見かけず、館内は自由に入れて、不用心だと思ったが荒らされているようには見えなかった。ライダーハウスも営業期間が終わったのだろうか。

スハ45 37
◆スハ45 37(1954年日立)→1985年廃車。

スハフ42 519
◆スハ43 482(1954汽車)→スハ43 2482(電暖化・時期不明)→スハフ42 2404(1965年大宮)→スハフ42 519(1977年五稜郭)→1985年廃車
背後の建物が振内鉄道記念館である。
元スハ43のスハフ42である。車掌室窓は700㎜に改造されている。

 

下はすぐ傍にいるD51-23である。大きな前燈で煙室戸周りが物々しい。後ろが客車。

汽車会社で1949年3月7日落成、製番2578。
藤本さんが【39146】で柏崎のD51-1を紹介されている。

【新冠町 氷川神社バス停前】

オハフ46 505  42.358756, 142.316865  2017年8月15日撮影 新冠町 元ライダーハウス
◆スハ43 123(1952川車)→オハ47 111(1963大宮)→オハフ46 10(1967年大宮)→オハフ46 505(1977年旭川)→1984年6月18日に岩見沢で半室のみ畳敷きに改造→1987年廃車
台車を履きかえ、改番・改造を重ねたが、最終的に台車の無い姿になった。
道の駅サラブレッドロード新冠の南方すぐ、日高本線と国道235号に挟まれて置いてあり、真ん前に道南バス氷川神社バス停がある。これも元ライダーハウスで、国道寄り側面と両妻面は塗り替えられているが、線路寄り側面はところどころ塗られている。状態が悪い。
下画像手前の線路は日高本線である。すっかり錆び付き、静内方にある踏切の遮断機棒が無くなっていた。

岩見沢で、廃車回送を待つオハフ46 505を下に示す。
車掌室窓が落とし窓ではなく他の客室窓と同じに見えるが、変である。。

オハフ46 505札イワ  1987年7月25日撮影  岩見沢

 

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