こいしの萌黄色の電車

世の中暗いニュースばかりで疲れ切っています。そういう時にどですかでんさんのスライドショー的表現に興味を持ちまして真似てみましたが失敗したので従来の方法で用意しました。

2009.9.27 河内堅上-三郷 クハ200-64 奈良行き▼

2013.5.8 河内堅上-三郷 クハ103-197 快速王寺行き▼

2016.8.12  宇治-黄檗 103系京都行き▼

2019.4.18  棚倉-玉水 クハ103-225  京都行き

 

 

こいしの萌黄色の電車」への6件のフィードバック

  1. 準特急さん、「いとし」だから「こいし」ときましたか。そうすれば「夢路いとし、喜味こいし」ですね。スライドショーうまくいきませんでしたか。例えばこの4枚の写真を投稿編集画面でメディアの追加から選択して左にあるギャラリー作成をクリックして、今度はギャラリー編集画面の右側にあるタイプをスライドショーを選択してからギャラリーを挿入をクリックします。ただし編集の画面では画像はスライドショーになっていません。プレビューをクリックすると実際に投稿したときの画面になります。ここでは画像はスライドショーになっています。また、試されてみてはいかがですか。

    • どですかでん様
      工学部電子工学科を出ておりませんのでちょっとしたデジ青操作も恐々やっております。一番最初に投稿複数枚写真をアップロードしておくと理解しましたが、そのあとがうまく行きませんでした。また、トライしてみますが、なにせ不経済学部出身ですので何回もやり直しせんとあかんでしょうね。

      マルーン様
      いつもありがとうございます。
      どですかでんさんほど「いとし」ではありませんが、企業戦士を運んだ103系や201系が関東から消えた後も関西でしぶとく残っていて「こいし」気分で撮っていました。まだ、姫路や加古川方面には改造された残党が残っておりますが車両を大事に使っているのか、金がないのかよくわかりませんが、また行こうかと思っております。関西漫才界の重鎮はダイラケあたりと思っておりますが、いとし、こいしご両人もラジオ番組阪急電車提供漫才学校の主要メンバーでした。

      • 秋田Aスケ・Bスケもお忘れなく。
        砂川捨丸や都家文雄も捨てがたい!
        昨年亡くなったWヤングはおもしろかったな!

        • 米手作市様
          鉄道のみならず漫才界や懐メロ等幅広いジャンルにも造詣が深いことにいつも恐れ入っております。新幹線ができたころ砂川捨丸が「新幹線、きばる間に五里走る」とか言って中村春代に扇子で頭をばしっとたたかれたことを思い出します。猿の真似のうまかったBちゃんは宝塚のメイン通りに住んでいたことで私の友人仲間では有名でした。

  2.  お久しぶりです。
     こいしとは? 喜味こいしですか?成る程!!
     大和路の電車も様変わり!これらのシーンも懐かしく、ある意味こいしく思うのでしょうね。

    • マルーン様
      前に書いたことがありますが、103系等(元祖は101あたりでしょうが)は山手線を走る運搬車で全く趣味の対象ではありませんでした。特に正面を無造作に切った所謂食パン電車は阪急の2000、2100、2300系等と比べると美的感覚が感じられませんでした。ところが、103系は大量生産された後に次々と新しい車両に置き換えられて地方に追いやられ、はたまた改造を受けてバリエーションが増え、これはこれで撮っといた方がええと考えた次第です。キハ17、20、58系やモハ113、115、205、211系等国鉄メイクの車両はなくなるころに人気が出てきたような気がします。河さんには怒られますが、旧国と似た感情が103系の晩年には感じました。そういう意味では山手線時代のオリジナルな姿も撮っておいた方がよかったと思います。

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