2012年冬の中国鉄路の旅 Part11 天津地下鉄、帰国

第14・15日目  11月25日、26日
11月24日 哈尔滨19:16(T244次)→翌日7:10天津
11月25日 ① 天津14:35(JL840)→18:20名古屋
② 中部国際空港18:36(名鉄ミュー)→19:05名鉄名古屋
③ 名古屋19:25(のぞみ)→20:01京都20:08→20:19長岡京

切符7:10、無事に久しぶりの天津に到着しました。天津は開通が待ち望まれていた天津地鉄3号線が10月にようやく開通しました。これで天津駅から市内中央部へは、Taxiを使うことなくスムーズに行くことができるようになりました。
かつて住んでいた者にとっては画期的な出来事です。特にラッシュ時に市内中央から天津駅に行くのには道が混んで、何度もTaxi内でヤキモキさせられたので、時間が読めるようになったのはとても嬉しいことです。
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【天津地鉄】
その歴史は中国では古く、北京に次いで2番目の地下鉄として1984年12月28日に開業しましたが、天津西站~新華路の7.4キロにすぎませんでした。東急車両で製造された3両編成が運行していましたが、ラッシュ時でも利用客はまばらでした。もう少し乗っても良さそうに思えましたが人民はもっと安いバスか自転車が交通手段でした。
天津の会社の社員に聞いてみても乗ったことがないと返答が来るほどで、人民に愛されない地下鉄でしたが、運行を停止しての5年間にも及ぶ大幅なリニューアルが実施され、2006年6月12日に25.2キロに延伸されてからは、利用客も増えだしました。市内一の繁華街の營口道で交差する3号線29.5キロが今回開通し、7月に開通していた(1部中間区間未開通)2号線とも天津站でつながったことでラッシュ時には積み残しも出るほどの利用客激増となっています。ようやく直轄都市としての交通網が出来上がってきたようです。
路線図は、ウィキペディアか、エクスプロア天津の路線図が分かりやすいでしょう。
02_P106096803_地鉄天津駅構内今日は、早朝着でしたのでまずは天津站がどうなっているのかと、視察することから始めました。
先日行った长春と同じくバカ広い地下通路と広場です。今後の発展を考えての策と思われますが、北京や上海でもこれほどのスペースをとっている地下駅はありません。しいて言えば上海虹桥站でしょうが、こちらは新幹線、空港、リニアも発着する駅で利用者数がケタ違いです。広すぎてまた迷走しました。もう少し乗り換えに便利なようにコンパクトにならないものでしょうか。
06_地鉄天津駅
天津站視察後は、今日の宿を取っている小白楼まで行き、まずはチェックインをして荷物を置いてから馴染みの日本料理店へ腹ごしらえと、最近の天津の情報収集に行きました。
久しぶりに日本の味に堪能してからは、開業した3号线の終点へ行ってみることにしました。
04_營口道▲ 2号线と3号線が交差する天津一の繁華街にある營口道站です。路線図をご覧いただくとお分かりのようにこの站と、天津站が乗換站となります。
05_地鉄車内▲ 地下鉄車両は、標準型車両です。どの都市にも走っていますので、ぱっと見ただけでは、どの都市にいるのか分かりません。唯一分かるのは、車内の路線図ですね。
07小淀▲ 乗車した營口道站からは約30分で、終点の小淀站に着きました。車庫がありますので地上站となっています。周りには工場があるだけで人けのない站です。
08_天津地鉄車両09_天津地鉄車両▲ 6両編成ですが、車幅の狭い車両です。ラッシュ時には積み残しが出るのは想像できます。
12_北駅▲ ホームには将来開通路線への乗換階段スペースがありました。この下にはホームができているものと思われます。
10_北駅▲ 北站は国鉄站との乗換站です。古い駅舎がどうなっているのか見たかったので降りてみました。
地上に上がりましたが、まだ付近は都市計画で工事中です。塀があるだけで国鉄站が見えません。付近の住民に聞いてみると、まだ整備されておらず回り道をしないと行けないようでしたが、折角来ましたので向かいました。
11_北駅▲ 徒歩約20分で、1903年1月に建築された北站に着きました。中国鉄路でも最も古い站の1つです。詳しくは、以前に投稿しました「2011年春から夏への中国鉄路の旅 Part20   中国最初の鉄道 唐胥鉄路、天津博物館」に記載しておりますので、お読みください。
13_温度

ふと温度計を見ましたら5℃です。昨日まで零下5~20℃の世界にいましたので、温かく感じました。

この夜は、非番だった日本料理屋の料理人と久しぶりに会いました。他の友人たちも呼んで、昔話をアテに飲んで食って歌っての楽しい天津の夜を過ごしました。

今回の旅では、反日運動での余波を案じておりました。何か気の悪いことをされないかと思っていましたが、旅の途中で何らの問題も生じませんでした。日本でのマスコミ報道に振り回せられていた自分を恥じましたが、彼の店では領事館からの通達等から夜の外出を控えた、日本人の影響で店の売り上げは半減して、今も戻っていないと嘆いていました。
彼の店は中心部から離れているので交通の便が悪くTaxiでしか行けませんので、影響を最大限に受けてしまったようです。逆に昼間に行った中心部の日本料理屋では、他の店には行くのを避けた客で繁盛しているとかで、「一般の人民は、政府の言う事は信じていない。金の持っている日本人には、Taxiの乗車拒否や買ったり売ったりする事の拒否も考えてもいない。反日運動をしているのは、金で雇われた貧乏人や、政府に不満のある一部の教養のない人民だよ。いつものガス抜き、何も変わってはいない。あなたは中国の事をよく知っているはずなのに情けないねえ。」と、戒められました。

14_チキンラーメン15_JL機内食第15日目  11月26日

今日は15日間のノービザ滞在日の最終日です。ホテル近くのJALに寄ってご挨拶をしてから街の散歩です。日本食材を扱っている店では、こんな現地産も置いてありました。駐在の時は、帰国して戻る際にはスーツケース2つに60~80㎏もの食材を持ってきていましたが、見ていると当時には手に入らなかった物が随分と並べられていました。住むにも楽になったものですね。

帰国便は天津から名古屋のフライトでいつもと一緒のガラガラでした。破たんしたJALですが、トヨタの中国での拠点が天津にあります。関空~北京のフライトがなくなったのに、このローカル便だけは廃止されず客が少なくとも残っています。

名古屋からは名鉄ミューと新幹線を乗り継いでの帰宅でした。
自宅では、「よく帰ってきたね。いつも送り出す時は、どこかでドジをして帰らぬ人となるのかと、”さよなら”と、呟いて送っているのよ。」と、カミさんからの痛い歓迎を受けました。

次回は、6日後にまた旅に出ます。行先は、温度差50℃のタイです。12日間の予定になりますので、身体が対応できるかどうかが心配でもあります。

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