続・木次のC56108によせて

昭和38年~40年にかけてはたびたび木次線を訪ねました。そのうちの一回はDRFC新入生歓迎旅行として昭和39年5月に行きました。今回、キハ02の車内写真と出雲坂根での写真はその時のものです。この中に、いま一部の方々で騒がれている63年度生の“M・紘明”さんが写っています。顔を思い出さない、とか知らない、と言っている方、思い出しましたか?11月10日に天野さんの思い出を話して下さいますので天野さんと同じように思い出して上げて下さい。s-FH030006 s-FH030016 s-FH030017 s-FH030023 s-FH030032

2 thoughts on “続・木次のC56108によせて

  1. 米手作市様
    今回も西村雅幸さんが当時の木次駅界隈の興味ある分析をされております。古い風景は懐かしく、また、貴重です。私は基礎学力養成のためとある学校に1年間通うことになりましたのでDRFC新入生歓迎旅行には残念ながら参加できませんでした。私の時の歓迎旅行は四国と淡路交通でしたが、これはこれで大変良かったと思っております。私の木次機関区訪問は僅か40分でした。この頃はとにかくできるだけ多くの蒸機を撮ることが主目的でした。この日は米子、木次、浜田、津和野の各機関区を1日で訪問しております。ろくな写真はありませんが、数だけはこなしました。従いまして風景写真は一切撮っておらず、有名な出雲坂根のスイッチバックも未だに行ったことがなく、某出版社からスイッチバックについて書けと言われた時は困りました。ところで、キハ02車内の63年度生なら私も当然知っているはずですが、よくわかりません。63年度の方を含め、その前後の方のコメント登場をお願いしたいところです。

  2. 準特急様、
    “キハ02男”は皆様の記憶が無いのか、説明に苦労しております。だれかご存じの方はおられませんか?
    63年度生といえば大西さん、原田さん、大脇さん、樋口さんなどの学年です。全痔連会長や仙人、マメダなどの有名人を輩出したユニークな学年ですが、どういう訳かこの方だけは思い出していただけないようです。
    今回宮本郁男君にお願いして天野君の思い出を話してもらうつもりでしたが、都合で欠席のため近所つきあいで親しくされていた宮本紘明さんにお願いしていただきました。私は卒業後も仕事でおつきあいしておりましたので違和感はありませんでしたが、皆様から問い合わせが殺到したのでご本人に聞きましたところ、クローバー会に入会されていないことがわかりました。今回のご縁で新規に入会していただきますのでいじめないようにお願いいたします。

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