デジタル青信号は鉄道情報発信の始発駅

デジ青のシリーズもの特番記事に、準特急さんの『保存機とその現役時代』があります。昨年12月で37回にもなる長編連載記事です。今回その関連記事に、準特急さん以外の筆者が無断で割り込みます。お許しください。

実は去る3月7日、デジ青の管理人・小西さんを通じて、筆者宛にこんなメールが届きました。
発信者は、さいたま市中央区役所・区民生活部総務課・防災総務係の I さんです。曰く『デジタル青信号37606号、人と鉄道と-沿線の人々-に掲載の蒸気機関車39685の写真を使わせていただけないでしょうか。都市合併前の旧与野市時代、1972年から市役所東側に同機が保存されていましたが、老朽化が進み危険でもあり、この程解体されました。ついては同機を偲び市役所内に、39685機の写真、それも現役時代の写真を掲示しようと企画中です。』

早速返信を送りました。『何の制約もなく、ご自由にお使いください』と。それと、指摘の画像は同機が玉川口駅に進入するカラー写真(下の画像)で、他に山中の走行カラー(次ページの画像)とモノクロ写真がありますよと、筆者のホームページを紹介し、拡大印刷用に画像データをCDに焼いて送りましょうかとメールしました。すぐに返信が到着、『こちらからは何もできないがいただいてよろしいでしょうか』とありましたので、3月11日データを送りました。近い内に展示されることでしょう。
▼デジ青37606号の記事(2013年7月21日)内から、39685機の画像を再掲載します。

 

 

▼下の画像はデジ青初登場です。この画像と上の画像などを届けました。
米坂線玉川口-小国間 客114列車(坂町発米沢行き)1965年8月17日 機39685【坂】

39685機の保存会も存在する様です。39685保存会による解体前の保存状況が、こちらから見ることができました。
http://c5557.photoland-aris.com/39685/39685TOP.htm
保存会の方々のご努力にもかかわらず、39685機は止むを得ず解体された模様です。

さてここで感心するのは、情報洪水のネット世界からデジ青のこの記事と画像を、よく探されたものだと云うことです。それともう一つ、デジ青は今や全国区のホームページ、そして鉄道情報の始発駅になり、全国に向けて掲載記事や画像が発信されてお役に立っている様で、喜こばしいことです。

同様のことがこれまでにもたくさんありました。直近には木次線の画像が会員から集められてフォトブックになったようですし、少し前には西村雅幸さんの御世話で、西村さん、総本家青信号特派員さんと筆者の写真が、呉線全線開業80周年記念イベントの絵葉書になったり、三原駅に写真展示されたこともあります。また、以前に青信号掲載の、阪神国道電車、山陽電鉄軌道線、その他諸々が、総本家青信号特派員さん中心のご尽力により書物となりました。さらに準特急さん企画の『レール』書、『武庫川特集』や『富士山』、あるいは当会の先輩奥山直秀さん撮影のC58239などなど、いずれも元はと云えば、デジタル青信号の記事と画像でした。

それだけに、何でもとは言いませんが出し惜しみなく、各種の話題やその時々のニュース関連の事、思い出した昔話などの投稿を、これまで以上に心掛けるのも必要と思いました。

6 thoughts on “デジタル青信号は鉄道情報発信の始発駅

  1. tsurukame様
    うれしいニュースをありがとうございます。デジ青が会員のみならず多くの方々にご覧頂いているのは大変有難い一方で 記事の内容に責任を持たねばと思う今日この頃です。ところで玉川口駅の写真そのものが貴重なカットになっています。というのも現在も米坂線は現役ですが、玉川口駅は利用客が激減し、晩年は日に2往復4列車しか停車せず、1995年12月1日に廃止されているからです。39685の到着風景ですが、駅員もいて貨物列車と交換のようですね。最近KAWANAKA氏が「寒中北海道見聞録」を連載中ですが、この旅の最後に私が米坂線の撮影行を書くことになっていて、豪雪の玉川口駅の同じアングルの写真を掲載する予定です。ご期待下さい。

  2. 西村雅幸様
    早速のご感想とご案内をありがとうございます。米坂線はほんとに豪雪地帯ですね。筆者が最初に訪れたのは、卒業研究論文の発表を済ませ、ようやくあてがわれた就職前の慌しい3月19日でした。今泉駅に降り立ちホームから最初の撮影が吹雪の中の側線の39658機でした。39685機と良く似た機番です。

    http://www.k4.dion.ne.jp/~tsuru/yonesakaW/isaryo/09208.html

    3月でも豪雪でした。そして伊佐領-羽前松岡間で撮影しました。今年の年賀状の画像、29629もこの時でした。当時の住まい、晴天の神戸市須磨区から長靴を履いて出かけたものです。3月後半と云うのに長靴はてきめん役立ちました。懐かしい思い出です。

    そうでしょうね、当時でも乗降客わずかな玉川口駅、31年後になくなっても不思議ではないですね。同じアングルの画像を楽しみにしています。

  3. tsurukame様
    いつも綺麗なカラー写真をデジ青に掲載いただき感動しておりますが、この度はtsurukameさんの今はなき玉川口の39685の写真がさいたまの役所の方の目にとまり他の関連写真と共に展示されるとのことで大変良かったと思います。私は坂町機関区所属のキューロクは5両ほど撮っておりますが39685は残念ながら現役時代はお目にかかれずさいたまの庁舎前で見たのが最初で最後になりました。最近は山形方面は昔と違って東京からは日帰り圏になったため山形鉄道や左沢線等に出かけることがありますが、冬場の米坂線だけは豪雪区間を走るため遅延や列車運休がありそうでさらに高齢者が線路際をうろつくと遭難の恐れもあると思いいつも今泉までの平坦区間でやめております。デジ青も多くの方が御覧になっておられるということですのでこれを機会にさらに充実していくことになればと思っております。そういいながら「保存蒸機とその現役時代」は停滞気味で申し訳ありません。

    • 準特急様
      さいたまの庁舎横で保存機をご覧になったのですね。いかがでしょう。その保存機撮影の画像を投稿されては。筆者の現役時代と、準特急様の保存機があとさき逆で、また撮影者が異なりますが、そんな合作もデジ青ができる特技
      かも知れません。

      確かに米坂線は豪雪地帯でした。訪れた3月19日でも線路脇はかなりの積雪で歩くにも撮影にも楽ではありませんでした。昔だからできた事、今では無理ですね。無理は禁物です。

      今後、さいたま市役所方面に出かける事がありましたら、また時間がありましたら、一寸覗いてみて近況など、デジ青でお伝えくだされば幸いです。

  4. tsurukame様
    わかりました。「保存蒸機とその現役時代」の停滞のお詫びを兼ねましてデジ青に39685の保存されていた写真を準備します。

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