凍える大地への旅 2016年 Part18 青春18きっぷの旅 音威子府⇒豊富

第11日目 12月19日 その1

① 名寄 7:51(4323D)⇒10:20 幌延
▲ 7:47 今日は名寄から旅の終着駅、稚内へと向かいます。朝日が上がってきた向こうの名寄駅ホームに停まる列車は、7:50の発旭川行きの快速なよろ2号3320Dです。私は駅舎側の一番線に入る稚内行に乗車てす。

▲ 7:15 昨夜泊ったホテルサンフラワーを出発しましたが宿の主人は道はアイスバーンで滑るから荷物を持っての移動は大変だと車を出してくださいました。助かります。

▲ 7:18 今朝の名寄の気温は道路もツルツルに氷ったマイナス9.2℃。でも中国ではこれ以下でしたので慣れています。右は待合室に掲示されていた時刻表です。左列が旭川方面行き、右が稚内行きです。

▲ 7:27 昨夜の音威子府と違ってお客がおられる待合室に入って列車待ちの間に昨夜コンビニで買っておいたおにぎりで朝食です。

7:47 改札が始まるとホームへと出ました。キハ54-502が運用されています。

▲ 4323Dの運用は名寄から幌延までです。123.2㌔を2時間29分かけて走破しますので表定速度は49.6km/h。途中、音威子府には10分間停車しますが他での長時間の停車はありません。

ひたすら各駅停まっていく鈍行列車の旅を楽しみながら車窓を見続けました。

▲ 発車して直ぐの車内、まあまあ乗車客がおられます。

▲ 8:17 美深稚内名寄行きの4324Dと交換です。


▲ 8:55 昨夜来ました音威子府に到着しました。
ここでは札幌へと向かう特急スーパー宗谷2号との交換です。
3人の乗客がホームでお待ちでした。

▲ 9:37 天塩中川に到着、左のホームにはTVクルーがカメラを構えて待っておられます。ギターを抱えた白人と一緒に乗り込まれました。何か有名な方の旅の取材のようですが仕事を離れてからは芸能界の事は音痴になりどなたなのか、サッパリ分かりません。。車内ではギターを弾いて何やら歌いだされていました。

▲ 列車は北に向かって走り続けます。9:52、問寒別に到着。北海道のローカル線の駅は殆どが1線1ホームで、待合室はあってもかつての貨物列車の車掌車を再利用したものが多く、この駅も同様でした。

しかし、かつてこの駅は植民軌道の幌延町営問寒別線(問寒別~炭鉱 16.3㌔・762㎜ゲージ)との接続駅でしたが1971年6月全線廃止されています。問寒別駅が盛況だったころは相対式ホーム2面2線の駅でもありました。1984年11月に無人化されています。

▲ 9:56 天塩川に架かる錦川橋梁を渡ります。宗谷本線の揖影地の1つてもありました。

▲ 10:01 雄信内に着きました。ここで南稚内から来て、旭川へと南下するラッセル編成と交換です。

▲ 10:06 雄信内~安牛の北海道らしい直線区間を北へ向かって走ります。

▲ 10:08 安牛到着ですが天塩中川以北乗降客は皆無です。
 

▲ 10:11 レトロな板張りホームの南幌延に到着。1日平均旅客数は1人以下と言います。周りは牧場で利用する人がいない駅ですが幌延町が維持費・管理費を負担して存続を統けています。近くの糠南駅・下沼駅も同様な駅はです。

▲ 10:17 徳満~兜沼 正面に利尻富士が見えるようになりました。

▲ 10:20 4323Dの終着駅幌延に到着です。20分後に発車する4325Dへと乗り換えです。

▲ 幌延駅に掲示されていた早見の時刻表です。分かりやすいように利用客が多い駅のみの掲載です。

▲ 11:04 到着した駅は懐かしい豊富です。かつてこの駅からは日曹天塩鉱業所の専用線18.1㌔が出ていました。1972年7月、炭鉱閉鎖に伴い全線廃止されています。

昭和46年9月2日に訪問していますのでご覧ください。

日曹炭鉱天塩鉱業所専用鉄道
日曹炭鉱は明治時代から露天掘りで採掘はされていましたが山中で道路未整備であったために運搬する手段がなく貯炭されるにとどまっていましたが、1940年(昭和15年)2月13日に国鉄豊富からの18.1㌔鉄路が敷設され、鉄道による石炭輸送が開始しました。
戦後の需要拡大により最盛期には約15万㌧、坑員700人を擁していたが、昭和42
年の坑内自然発火、爆発が発生、赤字経営だったこともあり1972年に閉山、7月29日には鉄道も廃止された。

▲ 機関区には9643号機49678号機9615号機
休んでいました。▲ 冬季には設置されるダルマストーブは外されていたオハ31197の車内。

▲ 混合列車が走り途中には乗降所も設置されていました。

もっと詳しくは西村さんがデジ青に投稿されている記事があります。こちらをご覧ください。
▲ 日曹炭鉱で見た無邪気な笑顔の子供たち、今はどこでどうしているのでしょうね。 Part19へ続く

2 thoughts on “凍える大地への旅 2016年 Part18 青春18きっぷの旅 音威子府⇒豊富

  1. ぶんしゅう様
    お天気が良くてよかったですね。旅の写真やテレビの旅番組でも、雨の日はNGです!雪はまだしも雨の中を傘を差しながらの撮影はいやですから。
    ところで幌延は私も行ったような記憶があります。D61を撮したのではなかったかと思います。

    • 米手作市様、コメントをいただきまして、ありがとうございます。
      残念ながら幌延から南下する羽幌線は行く前に廃止になっていました。ただD61は留萌本線(海老島~峠下)や深川機関区夜撮の折に撮りました。機会がありましたら紹介させていただきたいと思っております。

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