最初と最後のED38

米手様が紹介された金網越しのED384を拝見して、私もED38に出会っていたことを思い出しました。最初の出会いは1970年(昭和45年)4月 秩父鉄道秩父駅でした。

昭45-4-4 秩父駅にてED381 左もED38だが番号不明

現役時代の写真はたったこれ1枚だけです。それから約30年後に再会しました。

平成11年7月4日 三峰口にて ED381

米手氏が撮影されたED384は昭和34年12月21日に鳳区で廃車になっています。ED381は少し早い同年11月27日に僚機2号、3号とともに鳳区で廃車後 昭和35年10月に3両揃って秩父鉄道で再起を果たしています。2号機は昭和55年に、3号機は昭和56年にそれぞれ廃車となり、1号機が長生きして昭和63年に廃車。運よく三峰口で保存、展示という流れです。阪和は電車と同様に窓の隅にRをつけるのが流儀なのか 独特のデザインです。三峰口には今も展示されていることと思いますが、多分今後訪ねることもないでしょうから、これが私の最初と最後のED38です。

最初と最後のED38」への1件のフィードバック

  1. 西村様
    最初と最後のED38、ありがとうございます。買収電機のなかでも独特のスタイルをしたED38は大好きでした。たしか、みんなで秩父鉄道に行ったことがありました。あの時はED38はどうしていたのでしょうか、思い出せません。

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