C571の”同級生”

今日の夕刊に表題のような記事が出ていました。
阪神大震災の折に、鷹取工場(当時)で修理中だったC571が転げ落ちて大破、再起不能か?との報道があったことを思い出しました。思えばこのC571は、記事にもあるように北陸地方で崖崩れに巻き込まれ、転落大破したことがありました。それでも「1号車」のおかげで廃車されずに今日まで生き残ったのです。記事によると保存されていた僚機・C575から部品を取って修理をしたと言うことです。考えて見れば部品と言っても最近の電車と違って規格など有ってないような時代で、C57同士でも合うかどうかなどやってみないとわからないだろうと思います。幸い川崎重工同士だったらしくうまくいったようです。
何となく読んでいて、「そういえば京都駅で撮ったことがあるな」と思って「泉屋のクッキー」の缶を開けてみるとありました!
2番線から引き上げるところのようです。これが姫路で保存されているのですね。
それだけの話ですが見てください。記事では京都や東海道線を走ったようには書いてありませんが梅小路にいたのでしょうか?西村さん、お後をよろしくお願いします。

京都駅のC575

5 thoughts on “C571の”同級生”

  1. 米手作市様
    御指名ありがとうございます。とは言え特派員殿や準特急殿を差し置いて僭越ですが 梅小路などでC575は撮っていますので、直ちにアップします。数分間お待ち下さい。

    • 米手作市様
      あいにく私は各号機の遍歴についての情報を持ち合わせておりません。どなたかお助けを!

    • 米手作市様
      僭越ながらC575の遍歴下記です。
      北陸線富山電化に伴い1964.7金沢から福知山へ、1966.9福知山から梅小路に来て、1971.7山陰線京都口無煙化に伴い豊岡に転属、1972.3浜田に転属して1974.7浜田で廃車になったそうです。
      これはネットの”機関車データーベース”というサイトで調べたものです。
      皆様のお宝映像を拝見して、私も学生時代のネガをスキャンし始めましたが、根っからの無精者でいつどこで撮ったものかわからないものが多く、その時番号がわかるとこのサイトで調べて重宝しています。
      ドメイン下記ですので一度ご覧になられたらいかがでしょうか。
      http://d51498.com/db/

  2. 86様、
    ありがとうございます。
    梅小路には昭和41年9月から46年7月までいたことになりますね。
    機関車データベースを拝見いたします。

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