【95069】散歩道で見つけました-追加・京津、石坂線-

京都の人々にとって、長い間“水泳”と言えば琵琶湖でした。海水浴という言葉は特別な響きがあり、泊まりがけで行く旅行を意味していましたが、“水泳”は手軽な日帰りのレジャーでした。その時乗るのが「京津電車」で、琵琶湖は子供時代なじみの水泳場でした。

藤田さんの撮りためた京津線・石坂線の電車を最後にお目にかけます。

※ 不明の場所や車両に関する情報はお教えください。

① 三条京阪東側に本線と平行する形で京津線のホームはあった

② すぐに三条通を右折して蹴上方向へ

③ 蹴上 都ホテル前あたり

④ 四月後半になると浄水場のツツジが満開になり、見物客が京津電車で押しかけた

⑤ 同上

⑥ 80型が入った頃か、パンタ切り替えの頃か 錦織車庫に旧型車両が並んでいる

⑦ 同上

⑧ 同上

⑨ 同上

⑩ 浜大津駅

⑪ 石坂線だろうが場所不明→京阪石山駅(大津の86氏)

⑫ 以下は同じ駅での撮影のようだが駅名不明→四宮駅(大津の86氏)

⑬ 同上

⑭ 同上

⑮ 同上

散歩道で見つけました-追加・京津、石坂線-” への4件のコメント

  1. 米手作市様
    地元の話題となりましたので登場させていただきました。⑥~⑨は四宮ではなく錦織車庫です。⑥の写真と同じアングルで撮った写真がありました。これは1968年8月、パンタ化される2年前のものです。また、⑪は京阪石山でないでしょうか、バックは橋上駅になる前の国鉄石山駅ではないかと思います。駅の正面の格好が違う気がしますが、移転前は駅前広場の東側に石坂線御ホームがあり、カーブして入って行くところがそっくりです。⑫以降は京津線は間違いなく、京津線でこのように本線から分岐があるのは四宮しかなかったのではないでしょうか。右手に分岐しているのは四宮車庫への線路かと思います。

    • 大津の86様、
      さっそくの訂正意見、ありがとうございます。
      すぐに訂正いたします。

  2. 米手作市さま 大津の86さま
    さすが大津の86さまです。考証は的確でご指摘の通りです。小生が口出しするのは気が引けますが、少々コメントを。
    ⑩の駅は浜大津で正解ですが、あえて言えば石坂線石山寺方面が発着していた江若駅前の通称「浜大津東口」です。
    ⑪もその通り京阪石山(旧駅)です。移転前の駅は余り記憶にないのですが、急カーブの石山寺方に在りましたので、間違いないと思います。
    ⑫以降は四宮ですね。電車の後ろに写っているレンガ建ての大きな建物は関西電力の変電所でした。いつ頃廃止されたのか定かではありませんが、京津線の京都地下鉄乗入れ工事の際に、この跡地を一時使わせてもらうという案がありましたので覚えがあります。
    それにしても懐かしい写真ばかりです。また冒頭に「琵琶湖への水泳は京津線に乗って」とのご説明がありました。当時はまさにそんなキャッチフレーズの時代でした。微かな記憶しかないのでおそらく4~5歳の頃だと思いますが、あるとき親父の職場の水泳行事に連れていってもらうことになり、京津三条駅へ行ったはよいが、あの小さいホームは水泳客であふれ返っていて、電車が入って来ると我先にと皆がドッと押しかけて、阿鼻叫喚の地獄絵のごときシ-ンになりました。親父もこれでは座れんと思ったのか、私を抱くやいなや開いていた窓から車内に押し込んだのでした。私はというと周りの喧騒(いややっぱり阿鼻叫喚)の中で一瞬とはいえ親父から離れるという恐怖心と、その場の異様な雰囲気にのまれて泣き叫んでしまったものでした。このシーンだけ憶えていて肝心の水泳のことは全く記憶にありません。しかし電車は前面が丸い200形だったような記憶がありますね。

    • 1900生さま、
      四宮にあった重厚な煉瓦の建物が気になってましたが、明快な説明を頂き納得できました。
      往時の浜大津での記憶は同感です。
      におの浜で水泳ができていたいい時代でした。

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