昨年6月中旬、衝撃的なことがあった。何時お会い出来るかと、楽しみにしていた方が亡くなったことがテレビで報じられた。この年の前年、大宮に鉄道博物館が開館した。それに合わせた年賀状に、「ぜひお訪ね下さい」と添え書きされた【岸由一郎】さん、非業の死であった。何故? それは栗原電鉄の廃線跡を地域振興で活用するため現地へ赴いておられた最中、地震に遭遇された出来事であった。
平成14年秋、吉川文夫さんから電話があり「交通博物館で学芸員なさっている岸さんをご存知ですか、」との問い合わせであった。「存じません。」「ピクトリアルで京福福井支社の開業期について発表された方です。」「それなら覚えています、あの時2度読み返した位です。」「その岸さんが十和田観光電鉄の改軌、電化直後の写真を探していらっしゃるのですが、ふと思いついたのが貴方のことです。学生時代に東北の旅をされ、十和田にも行かれましたね。」「はい、その時のメモと自家現像のピンボケフィルムはまだ残っています。」「それを彼に提供して頂けませんか。」
翌日、書留で吉川さんから聞いた住所、小金井市のアパートへフィルム1本を送った。「お役に立つものがあれば、自家現像で薄い画像ですが自由にお使い下さい。」と、添え書きを入れた。その時思い出したことがある。共に故人となった三谷、能勢両氏を加悦駅構内の“SL広場”に案内した時、加悦興産の方から保存車両整備を手伝ってくれる若いお医者さんがいるとの話を聞いた。その方は笹田さんだなと直ぐ分ったが、笹田さんと岸さんがポン友の間柄だとは全く知らなかった。笹田さんのことが趣味誌で紹介される毎に岸さんの名前が見え隠れすることに気付き、鉄道遺産保存に熱心なコンビに尊敬の念を抱くようになっていた時期でもあった。趣味が高じて鉄道遺産保存に我が身を投じた岸さんの人物像が知りたくもあった。それはいくら鉄道が好きであっても、自分の生涯の仕事に出来なかった老人の歯がゆさでもあった。そうしたことからお二人の行動に感銘を覚えた。
さて、賛書「あの電車を救え!」は、笹田さんが行動を共にした岸さんの思い出、追悼の言葉をまとめたものである。何々ブームと言われる度ごとに「鉄チャン」の資質が世間で問題にされている。私たちはどうなのだろうか、胸に手を当て反省することはないだろうか。こんな思いに駆り立てられるのは、
鉄道遺産を自分の欲望達成対象としてのみに捉えている輩が多いが、本当に鉄道を愛するなら「お二人の爪の垢でも煎じて飲んでごらん」、と言いたい老人なのである。
岸由一郎さんのような人物が今後、鉄道趣味界に生まれるだろうか。また大切な我が子を、趣味の世界に没入する事を許したご両親に、敬意を表したい。
クローバー会の諸兄はぜひご購読頂きたい、賛美の書であると思っている。
「あの電車を救え!」親友・岸由一郎とともに 著者:笹田昌宏
発売JTBパブリッシング 1,575円
RM LIBRARY 51 十和田観光電鉄の80年 著者:岸由一郎
発行所(株)ネコ・パブリッシング 1,050円