札沼線を走っていた頃のキハ141系(2)

【キハ142-1】

◆キハ142-1 篠路 1990年9月12日
キハ141-1同様「TWINKLE URBAN」ロゴシールが貼ってあります。トイレはなく機器室になっています。

◆キハ142-1 石狩当別 1990年9月10日
1位寄り標識灯上に番号の「1」を標記しています。

◆キハ142-1 篠路 1990年9月12日
キハ141とキハ142の4位寄り妻には窓があります。

◆キハ142-1車内 石狩当別 1990年9月10日
後位から前位を見ています。中央部は両側とも4人ボックスのクロスシートです。これは量産化改造の際、キハ141と同様に2-4位側(画面左側)は片側1人掛けのクロスシートになり、天井の扇風機はラインフローファンに変更されました。

 

【キハ142量産車】

◆キハ142-2 東篠路 1994年10月13日
キハ142-2はオハフ51 3の改造で、オハフ51の初期グループ1~10は戸袋窓が小さいのが特徴です。

 

◆キハ142-14 東篠路 1994年10月13日
当車は1995年、半自動扉切替スイッチ取付工事を受け、14から114に改番されました。

◆札沼線540D 右端がキハ142-114 石狩太美-石狩当別 1998年9月14日
上の14と比較して2位寄りに細いジャンパ栓が追加されています。塗り分けも新しくなっていて、正面眉毛部分に「114」の標記があります。
キハ142は、1~13,14→114,201の15両が在籍しました。

 

 

札沼線を走っていた頃のキハ141系(2)」への1件のフィードバック

  1. こんにちは。
    札幌の都市圏の輸送とはいえ、2扉の気動車が発着していた頃ののんびりとした雰囲気を懐かしく思い出します。キハ141系列の改造車らしい独特な造りを楽しんだのもだいぶ前のこととなりました。
    今では電化され、線路も高架に切り替わり、都市の通勤路線の趣になっていますが、北海道医療大学駅より先は廃止の憂き目、寂しく思っています。
    お写真、楽しく拝見させて頂きました。
    風旅記: https://kazetabiki.blog.fc2.com

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