客車廃車体訪問記 内地編65 兵庫県-2

【健康ひろば加古川】 34.736263, 134.853301 2005年5月4日撮影
スロ81 2122
旧型お座敷客車の廃車体である。珍しい。健康ひろば加古川は、山陽電鉄別府駅の北北東約500mにあって、お好み焼き・明石焼きのスロ81 2122、喫茶・寿司・麺類・丼のサシ581-25が営業していた。今は全く別の店舗になっていて現存しない。
◆ホハ(ナハ)35040(1925年新製)→(1928年改番)ナハ23481→(1951年鋼体化改造 大宮工)オハ61 123→(1962年改造 長野工)オロ61 2088→(1964年改造 松任工)オロフ61 2004→(1967年改造 多度津工)スロフ62 2004→(1979年改造 高砂工)スロ81 2122「摂津」→1986年廃車
↑現役時代のスロ81 2122「摂津」 京都 1985年8月10日

↑サシ581-25

↓1979年7月16日に京都駅でお披露目のため「お座敷客車展示会」が開催された。その際の画像である。

↓この時は、出入台上は「和式客車」、サボが「摂津」となっていた。

13 thoughts on “客車廃車体訪問記 内地編65 兵庫県-2

      • 早速ありがとうございます。さすがに早いですね。オロフ61 2005は、2004と同じく尾久~品川に配置され、43.3.22多度津工で冷房化されてスロフ62 2005になり、ここでも1番違いでしたが、お座敷客車には改造されず1980年廃車になりました。
        オニ26706→(1954年鋼体化改造 小倉工)オハ61 679→(1962年改造 長野工)オロ61 2089→(1964年改造 松任工)オロフ61 2005→(1968年改造 多度津工)スロフ62 2005

  1. 井原様、米手様
    前後賞とはいかず、ハズレですが、昭和40年8月24日に秋田駅で撮った ちょん切れたオロフ612006を添付します。C57が牽く上野発の夜行臨時急行「男鹿」大館行きの最後部がオロフ61でした。高校1年生の夏休みの大遠征旅行の1日目でした。

    • ありがとうございます。オロフ61 2006も、2004,2005と同じ尾久~品川のグループでした。オロ61時代と同様にオロフ61時代もあまり長くありませんでした。この車両は、後にスヤ61 2001(鉄道労働科学研究所試験車)になりました。
      ナハフ24363→(1952年鋼体化改造 小倉工)オハ61 200→(1960年改造 長野工)オロ61 103→(1964年改造 松任工)オロフ61 2006→(1967年改造 多度津工)スロフ62 2006→(1975年度改造 大宮工)スヤ61 2001→1987年廃車
      下の変色した画像はスヤ61 2001南シナ 品川客車区 1985年7月14日 車体標記は「鉄道労働科学研究所試験車」「連結注意」

      • 井原様
        オロフ612006が冷房化改造?でスロフになったのは驚きではありませんが、スヤ61になっていたとは全く知りませんでした。1965年の8月にたまたま上野から秋田まで乗車した臨時急行での出会いでした。臨時急行のため、他に優等車は連結されておらず、最後尾で青帯を巻いたオロフが編成を引き締めていたのを思い出します。背もたれの白いカバーが 優等車の証しでした。この出会いから22年も長生きして1987年に一生を終えたのですね。荷物車にでも改造されておれば、もっと短命だったかもしれませんね。貴重な情報をありがとうございました。

  2. 果たして、この車両の妻面には、いくつ銘板がついていたか?大変興味あります。鋼体化改造より前のものはないでしょうから、大宮工場から始まって、長野工場、松任工場、多度津工場、高砂工場を全部つけていたのでしょうか?
    さすがに、高砂工場は直近なので、あると思いますが・・・
    どなたか御存知でしたら、ご教示下さい。

    • 銘板がいくつ?とはまた変なおたずねですが、
      スロ81 2122の銘板は
      39年松任工 42年多度津工 54年高砂工
      の3枚で、残念ながら大宮、長野の銘板はありませんでした。

  3. ありがとうございます。
    直近改造の三枚と日本国有鉄道ということですね。
    さすがに6枚もつけていないですね。

    • 妻面に銘板を6枚付けた客車は見たことがありません。5枚のものも見た記憶がはっきりしません。
      妻面に取り付ける枚数に制限があったのでしょうか。「鋼体化改造」の銘板を付けていなかった筈はないと思われますので、新しい銘板を付ける時に古いものからはずして取り換えたのでしょうか。すべての改造銘板が付いていたら楽しいでしょうね。

  4. 多分、そうなんでしょうね。
    私が見た、一番多いものは、5枚で、
    クモハ123-1のものです。
    JR東日本
    近畿車両 昭和53年
    日本国有鉄道 長野工場 昭和61年改造
    JR東日本 長野工場 平成2年改造
    JR東日本 長野総合車両所 平成5年改造
    です。
    車両銘版に興味を持っており、集めていますが、これ以上は見たことありません。

  5. いつの頃かはっきりしません(20年以上前?)が、この施設(メインは客車食堂でなくて温浴施設でしたね)を利用しました。4枚目の写真の光景は記憶にあります。
    保存車があることは勿論、この施設があることも知らないなか、ドライブ中の仮眠で立ち寄りましたが、保存車にビックリしたのを覚えています。夜中着で夜明け前に立ちましたので、撮影はしてません。当時はオリジナルの塗装だったような気がしますが、今となってはよくわかりません。

    • 温浴施設でしたか。「健康ひろば加古川」という名称と、スロやサシの食堂とは似合わないと思っていました。たぶん3枚目の画像のカメラの背後にその施設があったのでしょうね。全く記憶がありません。広いめの駐車場でしたので、別の建物がある位に思ったのかもしれません。また、当初オリジナル塗装だった可能性は大いにあります。
      ありがとうございました。

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