昭和の電車 改訂版(109)ー国鉄モハ30型ー

ここからしばらくは国鉄型と関西私鉄が続きます。
国電の大家でおられる河 昭一郎さま、よろしくお願い致します。

5 thoughts on “昭和の電車 改訂版(109)ー国鉄モハ30型ー

  1. 大好物の国電が「やっと登場」に、目がランランです。
    関先生の仰る通り、この30系が国電の原点と言え、それが新幹線を含む末裔達の今に続いていると言えます。
    残念な事に、この30系の現認は年齢的に不可能でしたが、その名残りを改造改番後の10系で見る事が出来たのは幸運だったと思っております。
    小生が国電を意識し出したのは51系~70系等の20メートル車の全盛時で、当時在住の関西では見る事の出来ない存在だった事もあって、たまの上京時に見た10系に「ボロい電車」と、恐れ多い事を思っていたのを覚えています。

  2. 河 昭一郎様、
    いよいよ出番ですよ!
    私は国電には知識が無く、無知蒙昧を自覚しておりますが、それでも50番代のクロスシート車には愛着を持っております。でも30番代の電車は記憶になく『?』でしたが『関西では見る事が出来なかった・・』のではやむを得ません。たまに東京へ行くと見るリベットだらけで平面顔の国電は「ボロい電車」でした。

  3. 河 昭一郎様
    1967年12月26日、南武線の武蔵中原で撮ったモハ10013です。リベットだらけでボロい電車の印象ですが、これが、モハ30型の晩年の姿の一つではないでしょうか。戦災にあったり私鉄に譲渡されたりいろいろあったようですが、17m旧型国電と言えばクモハ11、クハ16、サハ17はよく見ましたしこれらも元モハ30型と思いますがリベットのほとんどないものも見受けられました。更新修繕等でなくなったのでしょうか。よろしくご教示ください。

  4. 準特急様
    レスポンスが大変遅く成り申し訳ありません。
    何を隠そう国電の中でも改造車歴の複雑怪奇さについては、この10系(便宜上「系」と表記)と72・73系とは双壁を成すと言っても良いくらいだと思います。
    今回の関先生の記事でそれを再認識させられ、アレコレ資料や文献を見て「復習」に時間を要していた次第。(笑)
    さて、この10系ですが、旧来の30系木造車を10系に改造した鋼体化時に、改造時期によってモニタ―屋根のままだったり丸屋根にされたりと、少しずつ変化が有ったようです。
    その他、外観上では仰せの通りリベットの有無の他に窓の腰の高さと配置(扉間4枚と同2枚+2枚)や妻面の切妻と平妻などに違いが有り、2種に大別できますネ。
    他にも台車やグロベン化時の個数(M車では5個と6個)などの他、仕様や電動機の性能上の違いも加わって、番号・番台が結構複雑に細分化されているようです。

    • 河 昭一郎様
      国電の中でも特にややこしいのではないかと私も密かに思っておりました。いろいろお手数おかけして申し訳ありません。リベットだらけのモハ10を始めて見た時にこれが元の30系と思っていましたが、鶴見線などで見たクモハ11、クハ16、サハ17(モハ10はいませんでした)はリベットのないものが多く、30系とは別と思っていましたが、どうも30系から派生(この言葉が正しいかどうかわかりませんが)した一派のようですね。モハ10は古い写真で見ますと山の手線にもいたようですが、その後南武線などに都落ちした姿をとらえたのが私の写真のようです。17m国電と言いますと飯田線や身延線で見たクモハ14は2扉クロスでこれは元横須賀線のモハ32ということで30系とは関係のないことは自覚していました。何れにしましても30系は河さんの御説明でよくわかりました。それにしましても30系は各地の私鉄にも譲渡されていったようですね。今回は有難うございました。今後ともどうぞよろしくお願い致します。

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