昭和の電車 改訂版(188)ー名鉄モ510型ー

前回の反応を見ようと過去帳を繰ってみたら、なんと!飛ばしていました。家内が捨てたらしいのです。

というわけで初見参です。
紫の1863さん、もう一度写真を見せてください。

10 thoughts on “昭和の電車 改訂版(188)ー名鉄モ510型ー

  1. 関先生のイラストと同じ、モ512が先頭のモ510形3両編成です。
    赤一色の名鉄の中で、最晩年の塗装は結構気に入ってました。

    • 赤い鉢巻を額に巻いた三輌が新岐阜行急行として緑の土手を力走。毎月18日の谷汲山華厳寺(西国33ケ所の満願)の月詣で帰りの善男善女か、夏の中日・岐阜の新聞社による二回の大花火大会見物客なのかとにかく超満員の乗客。窓からはクロスシートだったのが良くわかる。腰には名物起き上り最中の看板も見える。地方も元気で鉄道も活気あったころを思い出出す画像です。これぞ総天然色万歳!
      今年は谷汲線廃線20周年らしく、地元では丸窓バスというのを作っている。510型を良く現して面白いので一度見ておいて損はありません。「丸窓バス 中日」で検索!

      • 大阪通信員さんの故郷“尻毛”訪問時に乗ったと思うのですが、違いましたか?
        鮎も長良川で食べました。写真が見当たりません。

    • 大阪通信員様の故郷は尻毛でしたか! 18日に谷汲山華厳寺への参拝客で電車が増発されることや、夏の花火大会のこと、それから起き上がり最中にまで言及され、岐阜に詳しい方だと思っていましたが、まさか地元のご出身とは考えが及びませんでした。
      撮影場所は尻毛-旦ノ島で、伊自良川橋梁の旦ノ島側にあった築堤です。モ512の引退に先立ってモ510形最後の3両編成、今でいう「ラストラン」が運転された2000年10月1日の撮影です。満員の乗客は谷汲詣での善男善女ではなく、鉄道好きの善男善女です。
      谷汲線の風景に惚れ込んで何度も通いましたが、そういえば今年は廃線から20年目になりますね。「丸窓バス」をネットで見ました。モ510形の雰囲気が伝わってきます。
      復路は伊自良川橋梁で撮影しました。

  2. 私は昭和60年前後から、当時発行の始まった青春18切符を使い、名鉄の旧型電車を年に数回乗ったり撮ったりしによく岐阜・名古屋方面に出かけるようになりました。昭和42年の名鉄岐阜エリアの乗り入れ運転開始当時に「鉄道ファン」表紙で眩しく見た彼らold timerらを後年追い掛けられたことは、時代の僥倖だと思っております。
    昭和60年4月7日 岐阜駅前

  3. 谷汲、揖斐線と行ったときに撮った揖斐駅を出発した新岐阜行きの写真がありました。撮影は1973年3月でした。どのようなルートで行ったかわかりません。たぶん、谷汲、揖斐線が目的で行ったのだと思います。

    • 2001年の廃止から20年が経ち、本揖斐駅の跡にはバスターミナルも無く、驚くのは岐阜市方面直通の交通機関がないことです。
      懐かしい本揖斐駅ですね。
      黒野までのコミュニティー交通バスも日曜日は最終が16時台で、元近鉄の養老鉄道揖斐駅から歩いて、揖斐川町に入り、岐阜を目差した私は茫然自失。付近は日が暮れて人もおらず、飛び込んだコンビニで事情を聴き、タクシーで元の養老線揖斐に戻り、随分遅くなって岐阜で投宿しました。
      揖斐川町の衰退も進み、鉄道が一本無くなるとこうなるのか、をまざまざと知らされました。

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