〝午年〟にちなんで 山陰線の蒸機を偲ぶ

新年も穏やかに明けました。本年も〝デジ青〟、よろしくお願いいたします。当特派員も、懲りずに古典ネタを載せていきます。今年の干支は「午」、動物を表す漢字として「馬」があります。奈良の駅名研究家さんが、駅名喫茶店「干支の動物を含む駅名」のなかで、「午」「馬」のつく駅名を挙げています。駅名喫茶店(第10回:干支の動物(の漢字)を含む駅名) | DRFC-OB デジタル青信号

「午」の駅名は存在しないものの、「馬」の駅名は56もあることが分かります。調べると、駅名に使われている動物名の漢字としては最多で、人の暮らしのなかに馬が身近だったのかも理解できます。ただ56のなかで、「うま」と読ませるのは、わずか3駅しかないのです。

小湊鉄道 馬立(うまたて)

山陰本線 馬堀(うまほり)

三岐鉄道北勢線 馬道(うまみち)

JR線のなかでは、「うま」の駅名は、「馬堀」だけだったことを初めて知りました。また山陰線が未電化で旧線時代の「馬堀」の駅名標、典型的な鳥居型、国鉄書体の駅名標だった。

馬堀、なんとも懐かしく思い出深い駅名です。蒸機が走っていた時代、何度、馬堀へ通ったことか。駅名を紹介するだけでは、もったいない。せっかくなので、馬堀を通り過ぎた蒸機列車、掲載済みもありますが、載せてみました(特記以外、昭和44~46年撮影)。

冷え込んだ冬の朝、亀岡盆地を見下ろす神社の裏山に登ると、馬堀を発車したC57が爆煙を吐いて、築堤を駆け抜けて行った。

朝陽が上がったばかりの築堤横を、シルエットになった列車が何本も通り過ぎる。

葉を落とした大木があって恰好のアクセントになった。京都行き列車が過ぎて行く。時には雪に見舞われる。人気のC57 5が前梁を白く化粧して、馬堀駅で発車を待つ。夏の名物、冷房付き寝台車を連ねた海水浴列車、臨時「はしだてビーチ」が行く。貨物列車は、通常は福知山区のD51牽引だが、時折、福知山のC57が代走した。夕方になると、築堤上は〝ギラリ〟に。カシャカシャと動輪が忙しく回転する。

馬堀付近の旧線は、非電化のまま、別線・複線化が進められ、平成元年3月に完成した。切り替え当日は、旧駅と新駅と、二つの馬堀駅が近くに並んでいた。

 〝午年〟にちなんで 山陰線の蒸機を偲ぶ」への1件のフィードバック

  1. 明けましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いいたします。 「うま」と読ませるJRの駅が馬堀だけとは驚きました。蒸気機関車がいた時代はますます遠くなって、54年、いや4月が来ると55年ですか。月日が経つのは早いものですねえ。C57がいたころの馬堀、楽しませていただきました。この頃は鉄道写真を撮り始めたばかりで、友人に連れられて馬堀駅に降りたのは昭和45年10月。まだ多くの蒸機列車が見られました。駅舎は昭和10年の開駅以来の国鉄形駅舎で、木造瓦葺きの窓が大きい駅舎でした。昭和50年4月に利用客の煙草の不始末が原因で半焼し、翌年の4月に鉄筋コンクリート造りの駅舎に建て直されたようです。また、蒸機がいたころは跨線橋がなく、線路を歩いてホームへ渡っていたのを覚えています。
    添付の画像は昭和45年10月10日、初めて馬堀を訪れた中学2年生の時にハーフカメラで写した1823列車です。カーブしたホームと、右奥に駅舎が少しだけ見えています。初めて気づきましたが、この列車は右側通行をしてますね。

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