東武鉄道クハユ299号

昭和43年ごろ東京にいましたが、休日には疲れ果てて乗り回しにも行っていませんでした。いま考えると残念至極。それより以前の中学生時代に特急「はつかり」と「あさかぜ」を撮るために親戚の家に泊まって見に行ったことがあります。そのとき東武の西新井まで行ったらしいのです。なんで東武に乗ったのか、なんで西新井なのか、さっぱり思い出しませんが写真を撮っているので間違いありません。それが唯一の東武の写真です。寒い2月のどんよりした日でした。

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東武鉄道クハユ299号」への4件のフィードバック

  1. モハ1400の写真懐かしいです。この電車は西新井と大師前を往復していた東武初のシングルルーフ車の一族で最後はモニ1400となって本線上に復帰した後一生を終えました。私は中学生の時大師前で見たことはあるのですが、独特の正面五枚窓(真ん中の運転手用窓も狭い)が他社の五枚窓車と違うのでびっくりしただけで当時はこの種の古い車両の写真など撮っておらず残念なことをしました。。

  2. 米手作市さん、中学校の時に西新井へ行かれたのですか。老人は貴兄より7年年長となりますが、1958年4月4日に西新井車庫(工場)を訪ねております。工場を訪れたのは配置車両を教えてもらうためでした。入口近くの同年輩の方が工場長(課長職)に取り次いで下さいました。学校名を聞かれ同志社だと言いましたら、「私は慶応だ、鉄道研究部があって、学生が時々尋ねてくる。同志社は初めてだ。」とおっしゃり、「同志社にも鉄道研究部があるのかね?」と尋ねられましたが、「いま作ろうと仲間と相談しています」との返事しか出来なかったのは、いま思えば残念な事でした。
    西新井車庫の配置車両を教えてほしいと工場長に申しましたら、「ここは工場で、伊勢崎、日光線関係の車両の面倒を見ている」と申され、ガリ版刷りの形式別の昭和38年4月1日現在のものを頂戴する事が出来ました。
    村樫さん、配置表では14形式1401号となっています。取次ぎの同年輩の方が案内役になって下さり、工場内と留置車両の説明を受けました。その時に1401号は大師線専用だと、お聞きしました。もし当時の配置表に興味がございましたら送らせていただきます。なんらかの方法で連絡くだされば、幸いです。尚、川越工場、杉戸機関区はありません。

  3. ありがとうございます。配置表、JPGでスキャンしてメール添付で送って頂ければ幸いです。メールアドレスは、この投稿する際書いておりますので管理者様に尋ねて下さいませんでしょうか?
    今気がついたのですが、修繕を担当する工場が車両配置表を管理していたのですね。

  4. 村樫四郎様、長老様、
    本文ではない、私の写真で盛り上がって頂きまして恐縮です。
    訳が分からなくても、興味が無くても、手当たり次第に撮っておくのもいいものですね!
    長い時間が経過したら、それは宝物に成熟しているのですね。

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