窓から写した駅・列車 -9-

現在、信号場の数は、JRで約100ヵ所、私鉄で約60ヵ所と言われている。その分布を見ると、東北、北海道が多いようだ。それだけ輸送量の多さに比して単線区間が多いこと、駅を造るだけの沿線人口が希薄ということだろうか。今回は、その東北、北海道で、窓から写した信号場。女鹿信号場-1sy ▲いくつかの信号場は、ホームを設けて旅客を扱うところもあった。北海道・東北地方に多かった。写真の羽越本線の女鹿信号場も、昭和37年の開設当時から旅客営業を行なっていたと言うが、時刻表の記載はなかった。北海道に多い、乗降場の類なのだろう。扉ひとつ分に対応した木造ホームも見えるが、信号場職員なのか、人影も見える。昭和62年、JR化に際して駅に昇格した(昭和46年)。

sy140710 (14)▲羽越本線の今川信号場、こちらも旅客を扱っていたが、十分なホーム、待合室を備え、なんら駅と違いはなかった。時刻表にも「(臨)今川」として記載されていて、客車列車も停車した。撮影名所地“笹川流れ”の下車駅で、私も何度か下車した信号場だ。ホームすぐ横には藁葺き屋根も見られた(昭和47年)。

syIMG_0035▲北海道は、函館本線北豊津信号場、国縫~黒岩間に昭和19年に開設された。旅客も扱うとともに、専用線も分岐して貨物の取り扱いも一時期あった。なお、北海道の信号場には、写真のように、駅と同じ駅名標が建てられているが、「信号場」の英文表記は「S.S.」としている(昭和43年)東庶路信号場sy▲東庶路信号場、庶路~大楽毛間に昭和41年に開設された。北海道のように用地が十分にあるところでは、駅間のちょうど中間に信号場が設置される。この区間も、庶路、大楽毛、ともに5.2キロのところに当信号場がある。両駅を同時発車した場合、待ち時間なしで交換が可能である。列車は上り「おおぞら1号」、ヘッドマークの愛称名の書体は、いわゆる国鉄書体に統一されているが、この「おおぞら」だけは、なぜか筆文字風の書体だった(昭和46年)。sy140710 (3)▲以下ふたつは羽越本線の信号場、下浜~新屋間の桂根信号場で交換する左(乗車)酒田発秋田行き827列車、右は秋田発酒田行き836列車、D51370〔秋〕、昭和37年の開設で、小さなホームが見えるが、当時の時刻表を見ても「桂根」の記載はなく、旅客の乗降用ではなく、タブレット交換などの業務用と思われる。昭和62年のJR化に際して駅に昇格した。朝夕のみ普通列車が停車している(昭和44年)。折渡信号場-2sy▲折渡信号場で交換するD51609〔酒〕の牽く上り貨物列車、羽越本線羽後岩屋~羽後亀田間に、昭和32年に開設された。ここも、JR化の際に駅に昇格した。朝夕のみ普通列車が停車している(昭和46年)。

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